✥  Desertion

:団地妻のところてん 必須要素:難解な設定
現代パラレル/R18/ふたなり/不倫/DV/タナッセ友情と愛情/タナレハ(ヘテロ)/レハタナ(BL・できてない)/小説内小説

原作設定を無視したパラレルです。




 ぬるいビル風は汚水の染み込んだ古い壁やファストフード店のオブジェのように巨大なゴミ袋を蹴って、窮屈に通り過ぎていく。ビルの群の陰、狭隘な路地に決闘のように向かい合い立つ二人がいた。陽は落ち明かりはなく、表通りの喧噪は遠い。
 こんなふうに会うことは二度とないはずだった。街灯の白い光が伏せたレハトの顔に影をつくり、表情を隠していた。タナッセは重い脚を引きずって一歩踏みだし、彼女に近づいた。
 立っているだけで汗ばむ気温の中、レハトの手はこわばり、真っ白に乾いていた。なかばに伸ばしかけたタナッセの手のひらに、骨の目立つこぶしを押しつけ細かく震わせながら開いた。落ちてきた金属はそのまま溶けてしまいそうな温かさで、彼女がきつく握りしめていた時間の長さを、その意味に、気づかないわけにはいかなかった。
「日曜日は大丈夫だから」
 素早くそれだけ言って、レハトは顔を上げ挑むような目でタナッセを見た。見えない砂埃が含まれた風は重く、目の細かなやすりのように露出した肌をこする。女と、彼の間に断絶があった。手の届く距離、青白い頬の肌荒れがわかる距離、時間という名の隔たりが。
 もう行かなきゃと言い訳のように呟いてレハトはぎこちなく身を翻した。洗練されたとは言い難い、怯えたような仕草だった。雑居ビルの谷間、暗い裏路地でタナッセはひとり立ち尽くし、その背を見送った。
 行くつもりはなかった。少なくとも月曜にはありえないと断じて、忘れようと努めた。しかし木曜にもなると彼女がひとり待つ場面が頭から離れず、土曜には、行けば彼女に会えると思った。レハトに会える。会えるだけではない。
 鍵を受けとったのは私の弱さだ。私は私の弱さをよく知っている。どんなときにどんなふうにもたらされるのかといったことから、最後はそれを受け入れることを知っている。結局のところ私は己の利益や欲の忠烈の士であり、弑する良心など持ち合わせていなかった。
 行動を理由付けたことで釈明したような気になり、そんなことで得られる一時の平安にさえすがりたい。道々タナッセはくり返しくり返し、納得できる説明を求めて己に問い続けた。よどんだ空気の中、汗で張り付くワイシャツにばかり意識がいった。
 歩幅にして一歩ほどの芝生の帯に、舗装された道路が隣接している。古いアスファルトは黒くすらなく、土埃で灰に覆われ、ひび割れている。街路灯が遠くまで一定間隔で並んでいる。記憶している団地の番号をみつけ、切れかかって明滅する街灯の下に彼は改めて立った。
 この量産され重ねられた部屋たちの中のひとつが私のただひとつで、似たような物の中でただひとつを特別だと思う、それを愛だと思いたかった。
 手垢で白く汚れた磨りガラスの向こうに、淡い光があった。ポケットの中の鍵を一撫でし、タナッセはドアの前に立った。鉄のドアは所々ペンキがはがれ、錆が膨れて浮いていた。チャイムを押すことはためらわれた。耳目を集めることは避けたかった。
 タナッセは息をひそめているレハトのことを思い、ドアを小さくノックした。返答はすぐさまあった。タナッセが名前を告げると迷うような間隙を待って人の気配が立ち上がり足音、三和土の砂利をすりつぶす音、錠を回す響きは断罪に聞こえた。
 低い高い悲鳴のような軋む音が廊下に響いた。コンクリートで囲まれた廊下は狭く暗く、逆光を背にドアに手をついて不安げなレハトがいた。
「来てくれたんだね」
 ただそれだけを言ったレハトの抑えた声音には、祈るような響きがあった。タナッセが真実覚悟を決めたのは、その時だった。彼女の心をその言葉の中に見出したその時、こらえていたものが決壊してもう戻れないことを知った。
 玄関は半畳の広さもなかった。背後で大きな音を立てて金属のドアが閉まり、タナッセは改めて彼女を見た。長袖のシャツのボタンを首元まできっちりととめ、まるで似合わない地味な膝下のスカートに洗い髪をひっつめて、それでもレハトは美しかった。二人分のスペースのない玄関口で、足を交互に置いてなるべく近づこうと立った。広げた手の中に収まりそうなほど小さくうすい頭骨が、そっとタナッセの胸に押し当てられる。尖った肩から続く背中は子どもの時分より薄かった。
 こんなにもすり減ってしまうまで離れているべきではなかった。
「……待たせてしまったろうか」
「ううん。私こそ」
 レハトはタナッセを強く抱きしめた。全身が、頬から胸から腹から、彼女の体が彼に寄り添い、正しい位置に納まったかのようにぴたりと静止した。彼女に抱きしめられたその感覚が、体温が愛おしかった。おだやかな香りが細い首筋から立ち上り、鼻腔にまで届いた。懐かしい、レハトの匂いだった。彼女が背に回した手から緊張が伝わり、それがタナッセに勇気を与えた。
 くちびるの柔らかさは記憶の中と変わらなかった。やわらかく、甘く、くちびるで繋がっていると心まで通じあえる気がする。胸の奥がさざめいて、タナッセは自分がどれほど彼女を求めてきたか知り苦しくなった。不意に湧きあがった衝動に支配されてしまう前に、それを押さえつけ、代わりに華奢な身体をつよく抱いた。
「貧相だって思ってるでしょ」
 小さな尻は薄かったが、丸く、掴むと強く弾力を返した。
「そんなことは」
「いいの……仕方ないから」
 拗ねたような響きを感じてタナッセが軽く返すと、諦念混じりの寂しげな呟きが聞こえた。レハトの腰はあまりにも細く、ほとんど少年のようだった。仕方ないという言い回しの意味と腕の中に収まる硬い身体に、過去の幻影が脳裏に浮かんだ。

 分化が上手くいっていないという話は伝わってきていた。やたらに長引いている。苦しんでいる。それでも葉桜が揃う前には医師の出入りも終わった。篭り明けを聞いて、すぐさま会いに行った。
 レハトは黙って私を迎え出た。色が抜けたようなきめ細やかな肌、丸い胸、くびれた腰、どこを見ても宣言通り女性だった。心配したが上手くいったのだなと、思い詰めた顔に恐る恐る話しかけると、いかなかった、と横顔が囁いた。私は分化に失敗したとレハトは言った。

「汚くてごめんね」
 襟元のボタンをひとつ外されると、目を逸らしたままのレハトが小声で言った。
「お前は、美しいよ」
 信じて欲しくて、力をこめて言い、頬に口づけた。指の形が黒く残る首筋にはさわらず、浮きあがった鎖骨をゆびさきで撫で、下着の肩紐をおとした。そうして彼女にふれた。肩や腹や背中をなでて、口づけながら身体をまさぐった。
「……あつい……」
「暑い?」
「タナッセの手が、熱い」
 目を閉じ泣き出しそうに、すごく熱いとレハトは繰り返した。泣くまいとするあまり歪んだ相形は笑っているように見えた。
 背中から太腿へと手を伸ばし、内もものつけ根にふれた。やわらかく、熱がこもっている。そっと掴み離して、同じように尻たぶに規則正しく円を描き、両手で掴んでゆっくりと広げた。
 レハトは詰まるような声を短く上げていた。ねだるような、煽るような、小さな喘ぎはせつなげだった。
 タナッセは自分の太腿に硬い感触が当たるのを覚えた。ここはふれられたくないかもしれないと考えていた。それでもふれないわけにはいかなかった、避けて通ることなどできはしない。それは彼女の一部であり、過去の象徴だった。決意し、彼女の急所におおいかぶせるように手のひらを這わせた。
「タナッセ」
 一瞬引こうとした腰を反対の手で強く捕まえて、おおきくなったものを握った。
「あ……ゆる、許してくれる?」
「許すも、許さないもあるものか」
 スカートをめくり上げると、小さな女性物の下着が顔をのぞかせた。
「痛くないのか、こんな……」
 伸縮性のない素材は身体をきつく、締めあげていた。腫れあがって内から強く主張するものがあり、下着ははりつめて余裕なく、窮屈そうだった。
「少し……。でも……私」
 レハトはその先は言わなかった。
 布の上からかるくにぎり形に沿って、やわくしごくとレハトの身体が大きくふるえた。
「んっ……」
 その表情には、これまでのどの愛撫よりもはっきりとした反応がある。こらえきれないように時々短く息をはいて、うっとりと、うるんだ瞳を茫洋とさまよわせた。もしかしたらここを他人にふれられるのは初めてなのかもしれない。レハトの夫の話は人づてに聞いていた。

 見た方が早いからと言って、レハトはするすると服を脱いだ。慌てて後ろを向き、とはいえ出ていくこともできず衣擦れの音を黙って聞いていた。静かだった。真昼で、誰もいず、今自分の背後でレハトが肌を晒しているのだと思うとたまらない気持ちになった。
 しばらくしてこっちをむいてと囁いた声の心細さにぎこちなく振り向くと、レハトはそこに全裸で立っていた。どこにも寄りかからず手も掛けず、ただ真っ直ぐに一糸まとわぬ姿で。
 カーテン越しの光が入る室内は不用意に明るく、鳥の囀りが場違いな背景音として鳴り続けていた。
 驚いたでしょ、と自嘲ぎみに微笑んだ痛々しさに胸がえぐられた。分化が上手くいかなかったのと繰り返したレハトの陰部には、小さいが紛れもない男性器がぶら下がっていた。

 レースの拘束だ。フリルのついた華やかなパンティを引きずり下ろし、腰や鼠蹊部の鬱血して、赤くへこんだ痕に慎重にゆびを這わせた。彼女を縛りつけるすべてが憎かった。うすい桜色の筒がこぼれ落ち反動でふらふらと揺れた。
「タナッセ、私……私、やっぱり」
 怯えたくちびるを塞いで思いきり舌をねじこみ、つよく吸った。握ったままの陽物が手の中で脈うつ。鼓動のはやい生きもののようなそれをそっと指で愛撫し、さわさわと弄ぶとレハトの動揺は収まりわずかに緊張がほぐれた。
 タナッセは三和土に腰掛けて、電灯に照らされる陰茎をあらためて見た。先端は温かく濡れている。
「あんまり、見ないで、そこ……」
「そうか」
 タナッセは目をとじ顔を近づけた。鼻面でこすり、しめった唇をすべらせ、舌をのばした。有るか無きかの裏筋にそって登りゆき音を立てて口づけて、しまいにすっぽりと口の中に隠した。
「あっだめ……あっ……あ、あん、だめ……」
「見るのもだめ、舐めるのもだめか?」
「……タナッセ、意地悪だね。……変わらない」
 手の中に収まる小さな肉塊。このわずか数センチの肉塊が、どれだけ彼女を打ちのめしたことだろう。それでもそれはレハトの一部なのだ。タナッセは恋人の髪を撫でるような仕草でそっとなで、口づけた。
「私……私もタナッセにさわりたいよ」
「……ここでは具合が悪いな」
 乱れた服を軽く直し、奥に来てとレハトは囁いて男の手を引いた。ふすまを引いた奥の部屋には、夜目にもわかる黄色く変色した畳の上に薄い布団が敷かれていた。
 部屋の様子を認めて、タナッセは口の端だけで笑った。微笑した雰囲気をかぎ取ったのか、レハトは恥ずかしそうに下を向いた。
「でも、あの……タナッセが来てからお布団敷くのって、変でしょ。なんだか、準備万端で待ち構えてるみたいって思ったけど、あの……」
「いいさ」
 レハトを可愛らしいと思った。期待して、けれども期待することを恥ずかしいと思い、迷いながらも押し入れから布団を出して、自分と寝るためにひとり準備する彼女が。
 改めて服を脱がしながら、タナッセは幸福感に酔った。ずっと彼女を愛していた。欲しいと思っていた。その人が今これほど近くにあって、服をぬぎ裸になろうとしている。
 なにもかも取り去ったレハトの身体は子どもとも大人ともつかないアンバランスさで、そのために引きつけるものがあった。少年のまま成長の止まったような直線的な輪郭に、ほとんど筋肉のない柔らかな肉をうすくまとっている。ましろい二の腕はやわらかそうだったが、女性らしい肉づきというよりは未成熟さによるものだった。
 すでにうっすらと汗を掻いた乳房はあわく光っていた。幼く、にもかかわらず抗いがたく引きつけ迷わせる。手のひらをささやかな膨らみに静かに添わせた。寄せ集めてもいくらもない宍はやわく、手の中でたやすく形を変えた。飽きずにこね回して翻弄し、いつしか頭をもたげ存在感を強くした、うす赤い先端にふれた。
「あっ」
 ふれた瞬間、レハトが小さく声を上げた。胸の中央で硬くたちあがり愛撫をこころ待ちにしている嶺の、平らな地面を爪のさきでひっかいた。
「これは……好きか?」
「んっ……うん、好き、タナッセ……さわって、もっと」
 タナッセはくちびるを寄せ、少しばかりに舌先で舐めた。もっと私にふれて。レハトは喘ぎながらせつなく乞うた。タナッセはつぼみを舌先でくすぐり、つつき、そっと吸って転がし、押しつぶした。レハトは鼻にかかったあえぎを洩らし、しがみつく先を求めて赤子のように手指を不規則に蠢かしていた。
 タナッセはレハトの身体にふれた。布団の上に横倒し手のひらで全身に、あますところなく身体のすみずみまで、すべてを受け入れるように濃やかに愛撫して口づけた。
「さわっても、いい?」
 レハトはためらいながら口に出し、タナッセは微笑んで応えた。レハトはおそるおそるタナッセの逸物に手をのばし、そっと握り、どくどくしてるねと、奇妙に喜びにみちた、しかし切羽詰まった声で言った。レハトは身を投げだしタナッセのものを舐めた。はじめはおずおずと、次第にはげしくキスの雨を降らせ、えらに舌を這わせ竿をやさしくなでて、舌先でちろちろと尿道口をなめた。
 らせんを描くように、陽物とやわらかな松かさの間をなんども行ききし、ときおり軽く噛んで、ついにのどの奥まで呑みこんだ。ろうとのように舌を使って先走りをうちすすろい、のどの入り口でしごいて、その器官をただ悦楽だけでひたそうと奉仕した。
 つとめは技巧的で、堪能だった。この技量は彼女の夫によって研ぎ澄まされたのだと思うとタナッセは気も狂わんばかりに嫉妬し、どうしてかそのことでひどく気が昂ぶった。考えまいとしても、女が別の男になぶられるさまがありありと浮かんできた。
 タナッセは汗の玉がういてあわく光る、なめらかな背中に手をのばした。山岳のような背骨をひとつひとつ辿っていき、まるい双丘にたどり着いた。やわらかな尻の肉を揉みしだいて、谷間へとすべりおりていった。レハトの恥部は陰茎はあるが陰嚢はなかった。つけ根にはふっくらした大陰唇と小陰唇が揃っており、そこだけ見れば女性とかわらなかった。
 その女性の部分、複雑なひだの表面を、指のはらでなでると熱心に口淫している身体がふるえた。充血してひらいた花弁のおもてを指で上下し、蜜を追って中を探った。ほてった指にさえ熱い。指先に、ねばっこい水がからみつく。繊細な内臓をきずつけぬようゆっくりと、女の奥深くへとすすみ、内壁をくり返しなで、水音をたてながら反応の強い場所をもとめた。
 指をかぎだて、その場所にたどりつくと、レハトの身体がびくんと震え、思いがけない強さでゆびがきゅうと締めつけられた。
「ここがいいのか?」
 口から離れた陽物にほほをこすりつけ、愛おしそうに荒く息をついて、レハトは身もだえた。
「レハト?」
「うっ……うん、きもち、気持ちいい」
 レハトはくちびるを痙攣させながら、従順にこたえた。
「ねえ入れて。お願い、いま……いますぐ、入れて」
 タナッセは彼女を布団のうえに転がして脚をひらかせ、正常位と呼ばれる体勢をとった。弓形に反ったレハトのちいさな肉芽におなじものを沿わせて、押しつける。レハトの熱と弾力を感じ、滑りおちるときに思いがけない快感があった。
「もう入れて、タナッセ、お願い」
 目尻にうっすらと涙をため、ほほを上気させてレハトは頼んだ。
 タナッセは応え、あふれた露に指を濡らしひらいた箇所に、己を突きたて奥まで貫いた。根元までのみこんで、レハトは身を震わせ歓喜の声をあげて迎えいれた。
「すごい」
 息つぎの合間にそう洩らし、あとは嬌声ばかりをあげてレハトはそれを味わった。腹の上にたまった汗があふれて、流れ落ちる。どうしてか、伸びきった茎はゆっくりと力を失い、萎びて伏せた。
「セ……タナッセ……」
 レハトは泣いていた。官能のためなのか、他の理由からか、わからなかった。持ち上げた腿の裏を押さえて、犯されやすいよう陰部をさらけだし嗚咽しながら、他の言葉を知らぬようになんども名前を呼んだ。
 室内は息苦しいほど蒸し暑く、気が遠くなるほど濃密なにおいでみたされていた。タナッセは我を忘れたようにえんえんと抽送をくり返し、血がめぐりほのかに赤く染まったレハトの身体の上に、ぼたぼたと汗を垂らした。レハトはおのれをなでる水の粒のひとつひとつに反応し、媚声をささやき、唇をひくひくとふるわせていた。
「なぜだ?」
 ふいにタナッセは口にしていた。今さら言うまいと思っていた言葉だった。
「どうして、あの時……どうして私から逃げた?」
 ももにふくろが叩きつけられる、かろやかな音にまぎれるようにタナッセは呟いた。泡立った淫液はべったりと絡みついて、逸物を白くそめた。
「ゆる、して……」
 いとけない唇からとぎれなく赦しを乞い、レハトは目をそらしまつげを伏せた。

 驚いたのは事実だ。しかし婚約破棄など考えていないとはっきり告げた。そんなことで気持ちは変わらない、変わるはずもないと幾度となく言って聞かせたがレハトの表情は日に日に暗くなるばかりだった。生殖機能はないのとまるで色のない顔で言い、続けて私は分化に失敗したとそればかり繰り返した。
 お前の責任ではないのだからと言うとレハトは無表情のまま奇妙な沈黙を守った。喉元まで出かかった言葉を飲み込んだのは、責めているように取られたくなかった、それだけだった。そうだとしても、やはりレハトに罪があるわけではない、だがそんな台詞はただひたすら己を責め続ける彼女の何に役立つだろう。
 結果は結果としてすべて受け入れる用意はあると慰め、しかし彼女には届かなかった。

 レハトにすべての言葉を贈りたかった。心配いらない、泣かなくともいい、もう大丈夫だ、幸せにする、大切にする、愛している。愛している。だが全ての言葉はもう期限切れだった。
「レハト……レハト……」
 タナッセはなんども名前を呼んだ。彼女の名を。お互いに、愛の言葉の代わりに互いの名前を呼びあった。
「あ……あ、タナッセ、タナッセ……だめ、いく、あ、ああっ!」
 合わせるようにタナッセも達し、一滴も漏らさず女の中に精を流し込んで、短い開放感に酔った。報われたような気分になり、今では他人のものであるレハトを汚した。
 熱く痺れたような余韻が尿道に残り、レハトの身体を押さえつけたまましばらく揺り戻すような微細な快感にも余さず浸りきった。
「タナ、タナッセ……こっち、あの、あのね、こっ、こっちも使って……使って欲しいの」
 ままなき、苦しげに懇願しながらレハトはぐいと、自らの後ろ口を広げてみせた。お願いと泣いて、きれいにしたからと言い添え、ぜんぶ犯してくださいと、奥歯を噛みしめて哀願した。
「そう泣くな。何でもしてやるから」
 やわらかく熟れて、異なるものを受け入れるために開いた花とは反対の、固く閉じたつぼみにタナッセは躊躇したが、一瞬のことだった。力を抜けと言ってから、彼女を安心させようとおだやかに笑った。とば口で遊ばせていた指をじりじりと時間をかけて侵入させ、押し広げる。
 尻たぶをひっぱり、ひろげて、自身をあてがいゆっくりと押し込んだ。押し返す力は強かったが、これは単に生理的なものだと口には出さず自分に言った。これは生理現象であってレハトの意志ではない、彼女の望みは全てを自分にさらけ出し与えることだ。
 心配が伝わったのか、レハトは視線を上げ目を合わせてきた。
「だいじょう、ぶ」
 排泄のための穴に異物を迎え入れて、苦しげにうめき、それでも微笑もうと顔を歪ませた。
「レハト」
 タナッセは反射的に腰をひきかけた。粘膜がめくれあがり、たまらずレハトは悲鳴をあげ、すぐさまその声を否定するようにちいさく首を横にふった。
「あ……う、やめ、止めないで」
 タナッセはレハトの腰をつかんで自分に強くおしつけた。レハトの軽い体は大きくゆれ、折れそうにたわむ。しかし、彼女はもう苦痛にかまってはいなかった。
「タナッセ、すご……すごいの、わた、私、タナッセと、タナッセとセックスしてる」
 横たわっていたレハトの幼い茎がくびをもたげ、露に濡れてのびあがった。打ちつけられるたびに根元から大きくゆれ、むきだしの地肌がたまったマグマの爆発する先を求めてさまよう。
 レハトは正しい場所に挿入したときよりよほど強く興奮していた。異常性に背徳感を覚えているのか、あるいは肛淫こそが彼女の正常だったためか、タナッセには知るすべもない。
 レハトは笑っていた。もはや微笑みなどという生やさしいものではなく、肉杭をうがたれ内臓をえぐられて、恥ずべき法悦のきわみに至るさなか、なにが、誰が面白いのか哄笑していた。
 受け入れるべきではない場所で受けいれ、飲みこみ、それでも目端から絶えず涙をながして快感にむせび泣いていた。
「でちゃ……でちゃう、でちゃうよ、タナッセ」
「構わんから、出せ、レハト」
 ひとりごとのようなレハトの囁きに、タナッセは返事をした。
「タナッセ」
 レハトは万感の思いをこめて名前を呼んだ。それ以外に心のうちを伝える言葉はなかった。どれだけ許しを請うても、どれだけ感謝していても、それを肯定するようなことは口にはできなかった。なにもかも遅かった。
 レハトは苦しみと快楽の限界にひきさかれ絶頂し、同時に張り詰めた茎からしぶきが噴出した。ぱたぱたと音を立て、あかく染まった彼女の肢体を濡らしていく。全身を痙攣させ、わけのわからぬくりごとをつぶやいて、あいまに何度もただ一つの名前を呼んだ。
 タナッセはくるおしい律動を打ちきらせ、突きたてた女の体内で、さいごの精を放った。雪崩がおちるように急速にやってきた終わりに放心し、さみしさの波に襲われる。彼女との逢瀬を、これきりにはしたくなかった。
 タナッセはかがみ込み、いとしい人の身体を濡らしたうすい精水と汗のまじりあった塩からい体液を丁寧になめとった。野生動物が性交のあと互いの身体をなめるような、自然なうごきだった。
 レハトはふるえる腕をのばし、男のほほに指をかけて引きよせた。みつめあい、くちづけあって、ふたりは互いの長い不在の時をうめた。
 徹夜して書き上げた小説を土産に連絡なく押しかけ、感想を聞かせろと強要してもタナッセはさほど怒らなかった。ちゃんとエロだからなと予告したにもかかわらずだ。こと詩や文章に関しては好奇心が抑えられないのだ。
「どうかな? 俺さあ、タナッセはフタナリとか嫌いじゃないと思ったんだけど」
 読み終わった今、親友はマリアナ海溝より深く眉間に皺をつくり、噛んだアサリに砂がみっしり詰まっていたような表情で黙っている。こんなに厳しい顔を見たのはいつ以来だろう、歯ぎしりが聞こえてくるようだ。なにしろ礼儀正しいのですぐ吐き出すということができない。申し訳ねえなと思いつつ、俺はそこを利用させてもらっている。
「貴様がどれほど下品で低俗で馬鹿馬鹿しい人間でその人格に見合った下卑た話を書こうとも好きにすればいいが、他人を無断でモデルに使うというのは、マナーの問題では済まされないぞ」
「やー、タナッセがモデルってわけじゃないよ、名前が思いつかなくてさ。ごめんごめん。あんたより軽い感じの性格で、ヤリチンぽい喋りのイメージだったんだけど」
「やり……」
「えっマジかよ、ヤリチン分かんねえの?」
「げ、下品な言葉遣いをやめろ」
 あ、分かるんだと少し意外に思いそんなことに赤くならなくてもいいのにと、どうしてか俺の方が居たたまれなくなって横を向いた。テーブルの端では高さのあるグラスが汗を掻いて、半ば忘れられている。タナッセが出してくれたものだ。アイスコーヒーとあらかた溶けた氷が裾濃に、底に向かうほどに暗い。
「でももっと怒るかと思ったけどそうでもないね。普通いきなりこんなもの見せられたら気持ちわりい死ねって殴られるくらいのことは想像してたのに。なんでそんなに心広いの?」
「……貴様……分かっているのなら名前を変えるくらいしたらどうなのだ。親しさに関わらず礼儀は保て。というかなんだこの内容は」
 タナッセは怒るとき真っ直ぐにこちらを見て真正面から怒りをぶつけてきて、そこがとてもいいと思う。やましさがまるでなくて、ただ怒ってるから怒るのだというところが。
「団地妻って、こう、グッとくるよね」
「知るか」
「他人のものだと思うと、そそるっていうか」
「お前の趣味だろう、くだらん」
 タナッセは疲れたようにため息をついて紙束を弄んでいる。
「この後二人は不倫を続けてアオカンとかカーセックスとかいろいろやりまくって、ドライブして、海の話とかするんだよ。『青い車』とか流して、二人でぴったりだねって言い合って、タナッセが、いや男の方が……いやえっと団地妻と不倫してる男は渋るんだけど一回くらいって彼女がお願いしてプリクラ撮ったりするんだ、ずっと一緒、みたいにデコって。それで、サービスエリアでだっせえキーホルダーとか買って、車のバックミラーに下げるんだ。あれ見づらくないのかね。そんでのびたうどんとか端っこが乾いたアメリカンドッグとか分け合って食べるんだよ。青春だろ。いや年齢的に演歌かな」
 調子に乗ると喋りすぎるのが俺の悪い癖で、タナッセは意味が分からないらしくぽかんとしていた。
「――だからさ、心中の曲なんだよ、タナッセは知らないだろうけどさ。いいよね、心中。二人でいい曲だねそうだねって言い合って、どっかに死にに行く。ほっこり。なんか聞いたことあるな、この話。これさ……これさあ、官能小説の賞に応募しようかと思うんだけど、どう思う? もちろん名前とかタナッセっぽいとことか直してさ」
 言いたくないことを説明したために、急いで別の話を振るはめになった。
「真面目に書いたのか? それなら私なんぞに読ませなくとも……まあ、誰彼構わず見せられるような内容ではないが……。官能表現なんぞ、分からんぞ」
「……いいよ、うそうそ、遊びだよ。あんた一応プロだろ、どんな感じか聞きたかっただけ」
 本気にしそうになったので適当に話を切り上げることにした。相変わらずくそ真面目で冗談が通じない。
「だがなにも最初からこんな難しいテーマに挑まなくとも――」
 言い掛けてはっとしたように顔を上げてまさか、という目で見てきたので俺は男だよ、と先回りして答えた。真面目なのだ。
「そ、そうか。そうだろうな。って、おいまて、私っぽいところとは何だ」
「言葉の綾だよ、得意分野だろ。ほらもう返せって。このへんゴミの日いつ?」
「月曜だが、おい、なにも捨てることはないだろうに」
 タナッセは破かれる紙束をどこか心残りの面持ちで見つめている。
「明日じゃんちょうどいいや。知ってる、見られたくない紙ごみは生ごみに混ぜて捨てるといいんだよ。生活の知恵」
 知らないだろまああんたの家は普通にシュレッダーがあるんだろうけどさ、と笑って俺はリズミカルに手で紙を裂いていく。
「そもそも持ち帰って捨てろ、そのような……内容の話。万一私が書いたとでも思われたらどうしてくれる。というか、どうしてお前が相手なんだ。気色悪い」
「他人を無断でモデルに使ったらまずいだろ。名前だけだよ、名前だけ」
 ぶつぶつ言うタナッセをなだめながら、紙束を細かく破いて生ごみ入れに降らせた。薄いコピー紙はまたたく間に汚水を吸い込んで他と区別が付かなくなった。
 この後予定があるからと言い残して、レハトはさっさと帰って行った。タナッセは彼を玄関口まで出て見送った。開いた扉の向こうから生暖かい外気が吹き付け、重苦しい音を残して扉は閉まった。その場に留まり遠ざかる足音にただ耳をそばだてていた。レハトのバスケットシューズが床を踏んで鳴るねじるような音が聞こえなくなると、ようやく扉に背を向け脚を動かす。キッチンを通り過ぎるとき、生ごみ入れが目に入った。紙片は既に溶けてしまっている。こんなことは遊びだとレハトは言った。
 わずかな違和を疑い訝しみ、そのたびに打ち消してきた疑念をタナッセは今一度考え、今度ばかりはすぐさま否定しなかった。自意識過剰だと思ってきた。だがやはり間違いないのだろう。あれはやはり自分たちのことなのだ。
 いつだったか、俺は男を選ぶしかないんだと彼がぼそりと呟いたことがあった。いや、嘘をつくのはよそう、その日は良く覚えている。タナッセは自分を問い質す。酷い一年だった、しかし得る物も多くあった。去年のことだ。年明けをすぐそこに控えた休日、そろそろ決めておかなくてはならないだろうとレハトに話しかけた。レハトはタナッセの選択のよりどころについて聞きたがった。応えて幾つか理由を挙げたが、結局のところ大した訳柄などないのだと言って聞かせた。レハトはふうんとつまらなさそうに生返事をした。ささやかな世間話の後、タナッセがふと視線を外した合間、レハトは床に向かってそんなようなことを吐き捨てた。こちらに聞かせたい訳ではないのだろうからと、タナッセはそれをやり過ごした。
 奴がどちらを選ぼうと構わないと思っていた。けれど、後々考えてレハトの決断にわずかながら落胆し安堵して、苦笑した。ほっとしたのはレハトが男を選ぶと決めているのならもう悩む必要は無かったからだ。なんだそうかと、やはり考え過ぎだったと、何も気に病むことはなかったとタナッセはいくども繰り返し己に言い聞かせた。もう考えなくていい。この件はこれで終わりだ。
 それで終わったはずだった。
 そうしてタナッセは十八になり、大学に入り家を出て一人で暮らし始めた。レハトは宣言通り男性性を獲得し、大いなる軛から逃れ得た。彼にしたら元々、降って湧いた災難だったのだろうが。
 あの小説は恐らく、どちらも私でどちらもレハトであるのだろうとタナッセは考える。日曜日に会いに来る男。選べなかった性別。欲しかった言葉。逃げた理由。先がないこともレハトは分かっている。だからこそ登場人物の二人は終わりに心中するのだろう。行間に垣間見える言葉が最後のあがき、潰える叫び声。
 タナッセは誰もいない部屋で立ち尽くし、手当たり次第に放り込まれ何が捨てられたのかすら分からないごみ入れを見ていた。気づけば室内はずいぶん暗い。もう選りわけることはできない。言葉を拾い上げることはタナッセにはできない。午後の最後の光が消えていこうとしている。