✥  I know what I do when I drink.

タナッセ(20)×レハト(17)の現代パラレル。R-18。

面倒な酔っ払いの世話をする軽い話




 タクシーに同乗して送ってくれた彼の友人にお礼を言ってドアを閉め、振り返ってぐったりと床に横たわったタナッセを見て息を吐いた。やっぱり今日来て良かった。
 シーリングライトの明るすぎる光の下で、タナッセの丸まった背中がゆっくり上下している。一応息はしているらしい。にしても新歓コンパで歓迎する側が飲まされるなんて、あんまり聞かない話だ。ちょっとだけ、こうなるんじゃないかと思ったからこうして待っていたのだけども。
 グラスに氷とミネラルウォーターをたっぷり注いで、そのへんの菜箸でぐるぐる混ぜながら戻ると、タナッセは起き上がろうとしているのかなんなのか、腕立て伏せの最後の一回みたいに手を床につき両腕を突っ張らせてふるふるしていた。
「はい、お水」
 起きるのは諦めたのか、するすると倒れようとするタナッセを捕まえて水を渡すと、黙って受け取った。そういえば帰ってきてから一言も喋っていない。カラカラと音を立ててグラスの中身を空けていくタナッセは、それほど酔っているようには見えなかった。顔色も普段とほとんど変わらない。だから余計飲まされるんだろうなあと空いたグラスを受け取ると、タナッセはまたフローリングの床にぺったりとうつ伏せた。すごく酔っている。普段なら、絶対こんなことしない。
「れ」
「なに? もう一杯持ってくる?」
 ジャケットを脱がせ終わったあたりで、へにゃへにゃした声に呼ばれた。私が呼ばれたのだと思う、他に誰もいないんだから。タナッセはおんなじようにのろのろした動きで腕をつかみ、気怠そうに引っ張ってきた。
「え、もしかして吐く? 気持ち悪い?」
 不安になって肩に触れようとすると、突然、コントロールを忘れたような力任せな動作で腕を引かれ、あれ、と思っている内に私もずるりと床に転がることになった。私が床に頭をぶつけたことは気づかないようで、上にのしかかってくる。抱き枕か何かのようにがっちりと私を抱きかかえ、肩に頭を乗せてタナッセは全世界の苦悩を背負ったかのような重く長い息を吐いた。
「匂いで酔いそう」
「呑まされた」
「途中でトイレにでも逃げちゃえばよかったのに。でもなんでタナッセが飲まされてるの?」
「お前のせいだ」
「えっ? なんで私?」
 断れなかったのかな、かわいそう、と同情していると変な言いがかりをつけられた。首に当たる息がすごく熱い。
「あの……ほら……あれだ。鞄に。入ってたのだ、お前のペンが。いつのまにか。それで、何というか……おかしな事に」
「ペンって、キキララのボールペン? そういえば無いなーと思ってたんだ、やっぱここに忘れてたのかあ……えっ、それだけ?」
 くぐもった声が、ひやかされた、となんとか聞き取れるボリュームで耳に届く。なにその小学生みたいなからかいは? たぶんタナッセが真っ赤になってうろたえて、違う! とか訳の分からないこと言うから周りが囃したてたんだろうけど、なんでこんなに酔っ払うんだろう。コンパって、そういうものなんだろうか。
「よしよし、ひどい目にあったね。可哀想に」
 起き上がる気配のない頭をぽんぽんと撫でると、うとむの中間くらいの呻き声を洩らしてタナッセが身じろぎした。それ以上返事は無かったけれど、なんとなく喜ばれた気がする。
 消し忘れたテレビの音声を聞きながらタナッセの髪を軽くひっぱったりうなじを揉んでみたりしていたけれど、遠慮無く全体重を乗せてくるので重いし、暑い。
「タナッセ、腕痛いでしょ。風邪引くし、ベッドで寝なよ」
 フローリングに素足をぺたりとついて、お尻で滑って少し移動してみると、掴まれる腕に力がこもった。
「あのさ、明日は午後から友達と会う約束してるし、まだ電車あるから――」
「いやだ」帰ろうかな、と言い終わる前にタナッセが断固とした口調で命令した。「泊まれ」
「――いいけど。でも一回家に帰って着替えたいし、」
「どこに行くんだ」
「明日? 買い物だよ。そろそろ夏物見に行こうかなって話してて」
 タナッセの好みからは外れる気がするけれど、マキシ丈のワンピとか夏っぽいのが欲しいな、とかぼんやり考えていると低い声が予想もしなかったことを言った。
「行くな」
「はっ? ……え、やだ、なんか誤解した? クラスの友達だよ。女の子」
「私と行けばいいだろう」
 がば、と頭を起こしてタナッセは顔を覗き込んできた。
 これが、目が据わっているというやつか。恐ろしく真剣な表情、眉間の皺はいつも以上に、唇は真一文字に白く引かれている。怖い。
「…………買い物、好きじゃないでしょ。服見て回るなんて、すっごく歩くし、時間かかるよ。嫌でしょ」
 タナッセはしばらく私を睨みつけると、表情を変えないまま、まただらりと上に倒れてきた。
「私とでは嫌なのか……」
 さっきから言ってることとやってることがおかしい。酔っぱらうとこんなに滅茶苦茶なことを言い出すようになるんだろうか。お酒怖い。それとも何かあったのだろうか。
「そんなこと言ってないし、思ってないよ。だって、前に一緒に行ったときすっごい疲れてたじゃない。だから、つき合ってもらうの悪いし」
 言い聞かせるように聞こえないよう注意して、優しく言ってみる。
「……行くな……」
「……ええっと、じゃあ、明日になってもタナッセがそう言うなら、そうするね」
 酔っ払いに何を言っても無駄だと今、身をもって学んだ。
 正直言ってこの体勢にも飽きてきたし、だんだん体が本格的に痛いので何とかしたいのだけど、どうしたらいいのか、そしてタナッセはどうして欲しいのかさっぱり分からない。
 困っていると、当人はまた首元でもにょもにょと何事かを呟きだした。
「……どうせ、私など……お前と一緒にいる価値などないことは、分かっている」
 くぐもった言葉はあまりに極端で、びっくりして様子を窺ってみるけれどタナッセは顔を伏せたまま呑み疲れたように、ふー、と息をするだけだ。
 重傷だ。こんなに極端に自分をいじめるようなことを口にするなんて、本当に何かあったとしか思えない。からかわれたとき、何か言われたとか。
 横目でちらちらとテレビを見ていたことを真剣に反省し、本格的になぐさめに取り掛かることにして、短い髪をかき分けて耳の端にそっとキスした。
「そんなこと言うなんて、何かあったの」
 つるりとしたこめかみに鼻を押しつけ、閉じた目尻やほっぺにキスして頭を撫でると、タナッセはちら、と片目を開けてこっちを見た。と思ったけれど、すぐにふいっと逸らされてしまった。
「タナッセってば」
 耳たぶをかじって、内側にふうっと息を吹きかけてみるとぴくりと肩が震えた。そうだ、友達に、耳は息を吹きかけるより吸ったほうが『効く』よ、と教えてもらったんだった。本当かなとやってみると、タナッセは大袈裟なくらいびくんとして、勢いよくこちらを振り向いた。
「……誰に教わったんだ」
 逆効果だった。びっくりするくらい険しい顔をしている。
「タナッセだよ」
「嘘をつけ」
「前にやってたよ。わざとかは、知らないけど」
 表情に怯んでとっさに嘘を言ってしまった。これまでの展開からして、友達とは誰だ、になるに決まってる。タナッセは納得のいかない顔をしていたけれど、唇にちょんとキスするとそれ以上何も言わなかった。
 避けられたら嫌だな、と思いながらもう一度顔を近づけた。下唇を軽くはんで、舌の先っぽを少しだけ入れて前歯をなぞってみた。こんな風に私からするのは、冗談まぎれのものを抜かせば始めての事だ。
 それは、されるのとはまた違う緊張があった。なにか許しを求めているような、お願いしているような不安さだった。タナッセは私にキスするとき、いつもどんな気持ちなんだろう。
「ね、何かあったのか言われたのか分からないけれど、価値がないなんて、そんなこと言わないで。こんなことするの、タナッセにだけだからね」
 タナッセは口の中でもごもごと何らかの返事らしきものを呟いた。
「えっと……私はタナッセが大好きだし、そのこと、ちゃんと信じて欲しいな」
 たぶん頷いて顔を上げたタナッセは、すごく赤くなっていた。私も同じくらい赤いんだと思う、ほっぺたが熱くて、恥ずかしかった。あんまり正直に言いすぎた。
 これは、明日が大変かもしれない。酔っ払って甘えて愚痴ったりする自分を、タナッセはきっと好きじゃないだろうから忘れてくれてればいいけど。考えただけで落ち込む彼が見えるようで、ぎゅっと抱きしめてみた。
「ね、ほらタナッセ、元気出してよ。エッチでもする?」
「…………。する」
「へっ……」
 一拍おいて肯定するとタナッセはごく普通の顔をして、自然な動作でキスしてきた。少しめくれ上がったプルオーバーの裾から、するりと右手を滑り込ませて肌に直接触られる。
「えっちょ……あ、あの」
 半分以上は冗談のつもりだったけれど、面倒くさそうに私のジーンズのボタンを外しているタナッセを前にすると、冗談だとは言えない空気になってきた。
「あわ」
 ぴったりしたスキニーを穿いていたので、降ろされるとき一度に下着まで脱げそうになって、慌てて押さえた。どうせ脱ぐのかもしれないけれど、やっぱり恥ずかしい。
「あ、あの……タ、タナッセって、ほら、コンサバ好きそうだよね。私はジーパンとかの方がラクだし、あんまり、あの、」
 自分で言い出したことだというのに、突然の方向転換に目を回し混乱して、何を言ったらいいのか分からなくなった。きっとタナッセは気に入らないだろうし、マキシワンピはやめて、上品なシャツドレスでも買った方がいいんだろうか。でもどうして今こんなことを考えているんだろう、太ももの裏にフローリングの感触が冷たい。
「まっ待って、タナッセ待って」
「お前が言い出したんだろう。……それともやはり、嫌なのか」
「嫌じゃないよ、嫌じゃないけど……あの、で、電気消して……ください」
 ちょっとの間、睨み合うような格好になった。タナッセは気に入らないと言わんばかりの表情だったけれど、黙って立ち上がるとスイッチまでふらふらと歩いて行った。
 急いでベッドに潜り込むと同時に、部屋の灯りが落とされた。けれどつけっぱなしのテレビは室内を十分に照らしている。これじゃあぜんぜん意味ないよと、焦ってリモコンに伸ばした腕を掴まれた。
 後ろから抱きしめられ、テレビ消してと言いかけた唇に深く口づけられた。息ができなくなるほど吸われ、舌を絡められて、本当にこれからするんだと、変な納得の仕方をして逆に緊張してきてしまった。
「うひゃ」
 服を脱がされるとき腋の下に指が当たって、くすぐったさに声が出た。腕を引き上げられたまま押し倒されたと思ったら、声が出た箇所、普段は触ることもほとんどないそこに濡れた感触を覚えた。
「え、な……」
 タナッセは持ち上げた腕の付け根、腋の下を舐め始めた。
「なん、そんな、タナッセ、ちょ、ちょっと、やだ。やめてよ」
 薄い皮膚の上を舌先が踊るようにちろちろと動く。そんなところまでこんなに鋭く感じるのだと、今タナッセに教えられるまで知らずにいた。
「やっ、そんなとこ汚いよ、やだ、だめ……ほ、ほんとにあの……恥ずかしいから」
 振りほどこうと腕をひねると、タナッセは伸ばした舌をぺたりとくっつけて滑らせ、二の腕の内側にゆっくりと噛みついてきた。
「い」
 痛いと口にする前に彼はもう一度口を開けて、今度は歯形を舐めた。少しだけほっとした次の瞬間もう一度噛みつかれる。二の腕の柔らかい肉に歯が食い込む感覚、ぬるぬるする舌はゆっくり動く。
 こういうのも、普通にあることなんだろうか、噛みついたり、変なところを舐めたりするのは。タナッセがそうしたいのなら構わないんだけど、自分が変質していくようで、少し怖くもあった。
 胸に優しく触れていた反対の手が、お腹の上を滑っていく。下着の上から包み込むようにそっと撫でて、それから爪で敏感なところをひっかかれた。心臓がどくんといって、全身が総毛立つ。
「――……っ」
「感じているのか」
 確認を取るように、タナッセは手の甲で頬を撫でて呟いた。お腹に当たる太い腕は熱くて、固い。
 続けざまにカリカリと刺激を与えられると、そこを中心に体が急激に熱くなる。声を出さないように奥歯をかみしめて枕の端っこを掴んでいると、下着の中に手が入ってきた。まだ慣れないところに直接触れられる。形を確認するように表面をなぞって、指が浅く入り込む。
 あんな所を触ってる、タナッセが。指で、あんなところを触られている。信じられない。
「タナッセ……知って……知ってる? ほんとは、これ、い、いけないんだよ」
 息切れしそうになりながら、小声で話す。入り口や突起を円を描くように触られるとそこが充血して、腰が重くなる。
「わ、悪いことなんだよ。私、まだ、子どもだから。あの……条例があって、あ、痛――」
 喋っていると髪をかき上げられ、うなじに強く歯を立てられた。荒い息が熱く、間近で唸るような声が聞こえる。本物の犬に噛みつかれてもこういう感じなんだろうか、そのぐらいきつく歯が食い込んだ。
「いた……痛いよ……」
 後ろから脇の下を通った腕に拘束されて、舌先がへこんだ皮膚を辿ると痺れるような感覚が広がる。歯先がうなじをこする痛みと、ひりつく傷をなぐさめられる弾力のある感触が交互に、何度も繰り返された。
 唾液が首をつたって幾筋も垂れてくる頃になると、うなじの痛みよりも弄られ続けた箇所の疼きのために、頭がぼうっとしていた。
 気づけばベッドに膝を立て頭をついた格好にされて、お尻の肉を掴まれた。部屋の明るさを思い出して、恥ずかしさにきつく目を閉じる。固い物が濡れた裂け目に当たってこすりつけられ、私に存在を教えるように、くちくちと音を立てた。
「やだぁ……」
 先端が浅く、入り口をえぐる。
「これは嫌か。それなら、どうして欲しいんだ?」
 短く詰問されて言葉に詰まる。
「や……あの、そういう……あっ、ことじゃ」
「どういうのが、好きだ? レハト」
 くちょくちょといやらしい音を立てているのが、自分の体だとは信じられないけれど実際そうなのだった。四つん這いにされて、涎でも垂らすみたいに物欲しげにひくつかせて。
「――す、好きなように、して。タナッセの、好きに」
 肉をこじ開けて、私の中に他人が押し入ってくる。柔らかくほどけて濡れたそこに、初めの頃のような痛みはもう無かったけれど、どうしようもない違和感と異物感に身動きできなくなる。
「――――っ、あ……う、んっ」
 奥に押し込まれる感覚に声が漏れると、口の中に思い切り指を入れられた。舌を掴まれ掻き回されて、タナッセの指を味わわされる。いつもは本のページをめくっている、細長い、繊細な四角い指先が口の中で勝手に這い回った。
 涎が溢れて詰まりそうになると、指を抜いてくれた。けれどもまたすぐに一本だけ同じ物が差し込まれる。今度はそっと、舌の上をさする。自分でも知らなかったけれど、そうして後ろからゆっくり抜き差しされながら指を吸うと、お腹の中がきゅんとするような感覚があった。
「ん……」
 入れたまま両膝を揃えて倒され、体を横にされた。それでやっとタナッセの方を向くことが出来て、テレビのバックライトに照らされた苦しげな表情を見た。
「気持ちいいか?」
 鼓膜をくすぐる声は優しく、甘かった。
「んっ、うん……」
 言ってみたけれど、それが気持ちいいのかどうかまだよく分からない。突き上げられる感覚はなぜか、泣きたくなるような、胸が一杯になるような気持ちだった。
「あ……タナッセぇ……」
 自分が入っている下腹をタナッセが愛おしげに撫で、その何気ないしぐさからは思いもよらない快感に一瞬震えた。
「平気か?」
「んっ……うん、ううん、やっぱりだめ、あ……だめ」
 脚を開かされて、充血して腫れた突起に触れられた。あんなに小さな、目立たないそれに神経の全てが集中しているような過敏さで、声を出さないようにするので精一杯だった。
 指の腹で擦りあげられて、じんじんする快感に目を閉じた。中と外と、同時にこすられて内側から立ち昇ってくるものに怖くなる。いく、と小さく声を出すとタナッセはぎゅっと強く手を握ってくれた。目蓋の裏の光が消えるほどきつく目を閉じ唇を噛むと、次の瞬間背骨から電流を流されたような痺れと、体ごと宇宙に投げ出されるような浮遊感に頭がくらくらした。脚が変な震え方をして、上手く息ができない。体の上に誰かがのしかかっている。
「――――ト……、あ、レハ……レハト」
 タナッセが全力疾走した後のような息の荒さで何度も名前を呼び、彼もいったんだとうっすらと目を開けた。
 ぎゅっと抱きしめられ、汗に濡れたタナッセの肩を眺めながら私も同じように抱きしめ返した。


 明け方、鳥の声で目が覚めた。カーテンの隙間から色の無い光が洩れて、白いクロスに淡いグラデーションを作っている。肌寒さは一人で寝てるせいだと気づいて部屋の中を見れば、隣にいるはずの人はこっちに背を向けてベッドの下に座っていた。静かな部屋に紙をめくる音だけがする。
 タナッセはいつの間にシャワーを浴びたのか、髪は整えられ昨日とは違う服を着てきちんとした格好をしている。
「おはよ……」
「……おはよう」
 ベッドの軋む音に振り向いた彼に目をこすりながら挨拶すると、蚊の鳴くような声でそれだけ言ってまた視線を落としてしまった。どこか不機嫌そうだ。部屋のそこここにばらまいたはずの服は、軽くたたんで隅に積まれていた。片付けさせられたことで機嫌が悪いわけでは、今日はないはずだと思う。

「まだ早いけど、起きちゃったし、帰るね」
 顔を洗って、着替えて戻ると室内はなぜだか緊張感が漂っている気がした。
「レハト」
「はい」
 新書を音もなく閉じて、タナッセは姿勢を正し改まった声を出した。つられて私も同じように返事をする。
「昨日は、すまなかった。醜態を晒した」
 ものすごく丁寧に謝られてしまった。
「……酔ってたんだよね」
「そ……それは言い訳にならない。申し訳ない。とにかくその、すまない。大変……迷惑をかけた」
 険しい表情だったのは、ばつが悪かったかららしい。そこまで謝られることをされた覚えも無かったけれど。
「うん、いいけど……買い物行ってもいいよね? それとも一緒に来る?」
「え、いや、勿論行ってくれ、私は遠慮するが。あんな……あんなことを言うつもりでは無くて……。
 ………………。その……帰りを待ってくれていたのに、悪かったな。……駅まで送ろう」

 騒がしいのは好きじゃないからと、タナッセの部屋は駅から少し遠い。初めて送ってもらったとき、距離があると何気なく言われたのでそれだけ一緒に歩けるね、と言うと彼はとてもとても困った顔をした。それから長い間をおいてそうだな、と言ってくれたのが嬉しくて、この道を歩くといつもその日のことを思い出した。
 早朝の道路は人気が無く、歩きながら手を取ると一瞬横顔が困ったようだったけれど握り返してくれた。二人分の靴音と、途中寄ったコンビニのビニール袋がかさかさいう音を聞きながらゆっくり歩いていると、もう少しタナッセと話したいな、という気になってきた。
「あ、ブランコ乗りたい」
 公園に差し掛かったので、そう言って手を引っ張るとタナッセは大人しくついてきた。普段なら何か言う気がする。つまりまだ調子が戻ってないということだ。
「そろそろ咲きそうだね」公園の隅の藤棚を見て、話しかける。「藤の花って、私、好きなんだ。咲いたら見にこようね」
「そうだな」
 タナッセはまだ恥ずかしがっているらしく、話題を変えたげようという恋人の心遣いにも生返事を寄越した。
「きのう、ほんとに何かあったの?」
「――その、酔って感傷的になっただけで……何もない。心配するようなことは何も」
「なんかちょっと……深刻なこと言ったから、気になったの。何もないなら、いいけど」
 並んでブランコに座って、気になっていたことを訊いてみるけれど、素っ気ない言葉が返ってくるだけだった。何かあったのでなければ、あれはタナッセの中から出てきた言葉なんだろうか。そう考えるともっと良くない気がするけれど、私に出来ることはなさそうだった。
 今日の空は晴れているけれど、風が少し冷たい。
「……調子に乗った」
 しばらくして、聞き逃しそうな声が囁いた。飲み過ぎたことだろうかと首を傾げると、タナッセは言いづらそうに口を開いた。
「お前が……あの……。その。…………。優しいから。調子に乗った」
 私が優しいから調子に乗ったとはどういう意味だろうと、じっとタナッセを見つめていると、横顔がどんどん赤くなっていく。耳たぶから首筋まで赤い。
「仮病だ」
 頭の中に閃くものがあって、思いついたまま口にするとタナッセの肩がぴくっと跳ねた。これ以上興味深いものはないとでもいうように缶コーヒーの成分表示を見つめ、動かなくなる。
「……タナッセもそういうこと、するんだね。意外」
 地面を軽く蹴って膝をあげると、ブランコの鎖がキイキイ鳴る。「甘えてきたのより意外……」
 なんだ、そうか。心配することなかったのか。
 付き合い始めてから、知らなかったところをちょっとずつ知るようになった。それはもしかして、タナッセもなんだろうか。
「やっぱりワンピ買おう。おっきい花柄とかで変な切り替えとかフレアとかいっぱいあるやつ」
「なんだ突然……」
「タナッセはあれでしょ、かっちりした型の膝丈ワンピとかが好みなんでしょ。白黒バイカラーとか大人っぽいやつ。でも私そんなの全然好きじゃないから」
「はあ……?」
 戸惑って、しばらく考えていたタナッセは何かに思い至ったらしく、頭を上げたり下げたりしばらく忙しなく動いて、ぴたりと止まった。
「おい。その……お前が言っていたことだが……あれだ。お、お前が、まだ子どもだからとかなんとかの。気にしていたらその、あれだから言うがな。つまりその条例は一律に禁止するものではなく、不誠実な……付き合いが対象とされているのであって、当然、二人が既婚ならば適用されない。婚約者同士でも、まず、適用されることはない。よって、私たちも問題ない」
 証明終わり、とでも言うように鼻息をついてタナッセはキッと顔を上げた。
「へえーそうなんだ。そっか。確かに結婚してるのにそんなの当てはめられたら困っちゃうよね。でも、よく知ってたね」
「…………調べた」
「そうなの? どうして? 課題でもあった?」
「……」
「……」
 何だろうこの沈黙は。隣を見れば、タナッセはまた缶コーヒーに熱心な視線を注いでいる。
「もしかして私……私のため?」
「……」
「ええと、まとめると、私と付きあいだしてから、そういうことをするのはマズイんじゃないかと思って、調べたの?」
「……」
「だから、婚約しようって言ってから……えっと」
 手を出した。とはさすがに言えなくて、それじゃあなんて言えばいいんだろうと考えていると、
「別にそれが目的だった訳ではない! ただ、つ、付き合うからには万一というか、そういう可能性についても考慮しておくべきだと判断しただけだ、それが責任というものだろう。私の方が年上なのだし、責任というものがある」
 短い間に責任、と二回も繰り返したことには気づかないまま、タナッセは一気に喋って目を逸らした。
「なんていうか、抜かりないね。不真面目なことをするのにも、真面目だね。別に不真面目ってことはないのかな。なんかよく分かんないけど」
 格式張った礼儀正しさがこんな所にまで発揮されるのかと、ちょっと呆れて、それから納得した。彼らしい生真面目さで色々なことを考えてたんだな、私のことに気を配ってくれたんだろう……と考えているとひとつ思い出すことがあった。
「そういえば、初めての時もちゃんと、あの、アレ持ってたね」
「……」
「あれっていつ買ったの?」
「……」
 しばらく待ったけれど、タナッセは黙秘を貫くことにしたらしく顔を上げようともしなかった。
 昨日の分やり返そうと思っていたけどあんまり虐めても可哀想だと思い直し、近づいていって膝の間に座った。
「うわ、まだお酒くさい」
「お、おい」
 タナッセは素早く身を離そうと腰を引いたけれど、ブランコにそんなスペースは無かった。落ちるよりはマシだと思ったのか、背中に数センチの距離を残してその場に留まる。
「……怒ったのか?」
「え?」
「いや……やはり、そういう……その、合意を得る前からそのような準備しているというのは失礼ではないかと自分でも……思ってはいたのだが……しかし……」
 ブランコの支柱を眺めながらぽそぽそと喋る言葉はだんだんと尻すぼみに消えていった。
 しかし、なんなのか言って欲しかったけれど、無理なんだろうな。それこそ、すごく酔っぱらいでもしない限り。
「ねえ、誰もいないよ?」
 振り向いて教えてあげると、一瞬きょとんとして、それから怒ろうかどうしようか迷っているようだった。もししてくれなかったらその時は、ブランコの上でタイタニックごっこでも強制しようかと企んでいたけれど、その心配はいらなかった。
 タナッセはしばらく辺りを見回して、手にしていた缶をそろそろと地面に置いた。それからまた少しきょろきょろしてから、ちょんと、唇をくっつけてすぐに離れた。
「全然怒ってないよ」
「……そうか」
 これだけにこにこしているのだから分かりきっているだろうけど、一応、伝えておいた。