✥  ノーティとミーデロン

テリジェ兄弟会話文、イベント「王配狙い」直後
ノーティちゃんはボケ、ミーデロンはつっこみだと思う




 城の小間使いが茶を給仕し一礼して下がるまでの間を、テリジェ侯爵子息ノーティは衣裳の裾をはたきながら室内を歩き回り、じりじりしながら待っていた。小間使い相手とはいえ、人前で大声を出すのが礼儀上よろしくないことは一応心得ているらしい。
「超ムカつきますわよね、あの嫌味ブス! あとちょっとでヴァイル様がうんって言ってくれそうだったのに邪魔してくれちゃって……ほんっと性格悪い! ご自分が素直に言えないものですからあーやって人の足を引っ張って喜んでるんですわ。いやですわねー僻みっぽい人って!」
 気配が遠くなるのを待って一度にそこまで喋り終えると、今度は肩を怒らせながら卓に戻って来、湯気の立つお茶に次々と高価な砂糖を放り込んでいる。大雑把な動作で繊細なカップを仇のごとくかき回して中身を一気に呷り、ノーティは正面の兄を鬱積の当人のように睨みつけた。
「継承者殿の足を引っ張ってらしたのはお前のようだったけど」
 書きかけの詩を手入れする手元から視線を上げず、ミーデロンは気のない返事を歌うように呟いた。
「ぜえったいああいう遊び人て最後まで売れ残るのよ、行き遅れのしわしわのお年寄りになってから慌てても遅いんですのに。それで姑の粗探ししたり嫁イビリしたりするんですわ、陰険! 最低! 根性曲がり!」
「未婚なのか既婚なのか設定を決めたらどうかな」
「どうして正々堂々と勝負しないのかしら。ううん、勝てないってわかってるのね、私の愛の偉大さを感じてビビってるんだわ。本気の恋したことない人にも、そーゆうのって伝わっちゃうんだわ……私って罪作り」
「お前の正々堂々とはアレなのか……まあ正面切って挑んでるわな。確かに」
「…………大体、子どもの頃からよく遊んでたとか……」
「なんだ、羨ましいのか?」
 地を這うようなうなり声に顔を上げると、卓の向こうから頭突きせんばかりの勢いで額が迫ってきて飛び退いた。
「当たり前でしょ! 羨ましいわよ! ああーお父様がもうちょっと頑張って重要な階位に就いてくださってればお城に部屋を貰えて、私たちももっと頻繁にこれたのに。ねえお兄さま?」
「え? ああまあそうかもな」
 卓が揺れて零れたお茶から紙束を避難させ、曖昧に相づちを打つ。これは傑作になる予感がしているのだ。
「ちっちゃい頃から一緒だったら、今よりヴァイル様とイイ感じになれたのに」
「サナンのご令息も城住まいではないだろ」
「そしたらヴァイル様を独りぼっちになんてさせなかったのに……」
「ぼっちてなんだ。今子どもの頃から一緒だった人の話をしていたじゃないか」
 急にひっそりとした声を出す弟にぎょっとして顔を向けると、彼女は軽くまぶたを伏せ、胸の前で両手を組んで一点を見つめていた。さらに驚いたことにかすかに目が潤んでいる。
 茶碗に祈りを捧げる乙女。とっさに出てきた詩的とは言い難い文章を記憶から抹消しようとミーデロンが奮闘している間も、ノーティは姿勢を崩さずささやき声をだす。
「ご両親とも亡くなられて、おひとりぼっちでいられるのよ。ヴァイル様、お可愛そう……きっとすごく寂しくていらっしゃるわ。それなのにあんなに明るく振る舞われてて、ほんとにご立派な方。ぼんくらの従兄弟とその多情家の従兄弟は大違い」
「まさかそれ言ってないだろうな、継承者殿にご両親の話とか」
「お兄さま、私のこと本当に馬鹿だと思ってらっしゃいますのね」
 卓を叩きながら歯をむき出しにしてノーティが抗議し、ミーデロンは再度インク壺を持ち上げた。
「馬鹿だとは思ってないけど馬鹿みたいなことはするじゃないか、ぶら下がって引きずられたり」
「私、そんなヴァイル様を支えて差し上げたいの……」
「引きずられながら?」
「揚げ足取らないでくださいまし」
 そのとき窓の向こう、中庭に彼女が求める人の後ろ姿が消えていくのがちらりと見えた。条件反射的に素早く立ち上がった弟を、ミーデロンは言葉を尽くし、苦労して諭した。そろそろ日も陰ろうかという時に、また追いかけっこをはじめられてはたまらない。
「ヴァイル様、かっこいい……」
 窓に両肘をつき誰もいない雑木林に向かってうっとりと独りごちて、ノーティはくるくると回りながら卓に戻ってきた。瞳はきらきらと輝き、緩んだ頬から良家の子息らしからぬ不気味な笑いが洩れている。
「かっこよくて、優しくて、頭が良くて、背が高くて、何でもできて、動物好きだなんて可愛すぎます。反則です。逮捕です」
「背は低いだろ」
「ヴァイル様はまだ未成年でらっしゃるのよ、成人されたらお兄さまなんて三秒で追い抜きます!! 失礼なこと言わないでください!」
「あの方て優しいかね。まあ冷たくはないと思うけど」
「前にね、小間使いの子が落っことした茶匙を拾ってらしたのよ。下々の一人一人にまで気を配ってらっしゃるのよ、冷淡な従兄弟にも見習わせたいわ」
「それはまた、庶民的というか……多分たまたま目の前で落としたからで、深くは考えてないだろうなという気がするけどね」
「あっでも時々ちょっとクールだったりしますわよね。素敵!」
「お前は人の言葉を全然気にしないな」
「塩味を利かせた砂糖菓子みたいなものかしら、特別な風情がありますわよね。私あれ大好き」
 何もかも良いように解釈する弟は上気した頬で、大好き、と特別なものに向けるように発音した。こういう笑顔を継承者殿に向ければいいものを。
「……そんなに王配になりたいかね。いや、もちろん分かってはいるけど」
「もちろん王配になりたいですわよ、ヴァイル様が王、私がその妻。やだ、妻ですってうふふ、それでね、ヴァイル様と結婚して、リタントの臣民を見守りながら二人は末永く幸せに暮らすの。それが私の夢」
「ふうん」
「ノーティ・テリジェ=ランテって、すっごい美人! っ感じですわよね!」
「そうだねえ」
「ヴァイル様はきっと素晴らしい王様になられるわ、リリアノ陛下も目じゃないくらい。でねー私は偉大な王が唯一愛で心許した、フィアカントに咲く可憐な花として歴史書に後の世まで記されるの。いいでしょ」
「へえー」
「私はそんなヴァイル様をお側でずっと見ていたいの。これが恋でなくてなんだって言うの?」
「そう」
「お兄さまはほら、もう一人の寵愛者様を狙えばよろしいでしょ、あの方女性っぽくない? きっとそうよ。まって、ということはやっぱりライバルだわ。ああ、印持ちだなんて卑怯すぎる」
「もって生まれたものはしょうがないだろ、卑怯て言われてもね」
「そうね、恋は戦争よね。勝ったもの勝ちよね。それに徴なんてないほうが、ヴァイル様も変な気兼ねとかしなくてすむし有利かもしれないわ、王位簒奪の心配をしなくてすむんですもの。そういう噂、流してやろうかしら」
「めちゃくちゃ言ってるな、お前……だいたい彼が玉座を望んでも簒奪とは言わないんじゃないの、一応権利があるんだし」
「結婚した後よ! 甘い顔してヴァイル様に近づいたその真の狙いは……! ってこと! もう、お兄さまって心底鈍いのね、いやになっちゃう」
「よけいアホくさい、移譲の儀の後に継承権の放棄させられるだろ、結婚はその後。王配に納まってから王位を狙うなんて無理だろ」
「だからー! 本当に玉座に座るってことじゃなくて、影で操ろうとか! 有利じゃない、そういうことに、徴があったら!」
「そんなもの、印持ちかどうかに関係なく誰だって邪推されるものだろ。お前だってそうじゃないか」
 ノーティは一気に不機嫌になり、椅子の上でゆっくりと姿勢を正しながら鋭く兄をねめつけた。
「……振られたくせに」
 低く呟かれた声はまっすぐミーデロンの耳に飛び込んできた。
「……なんの話かな、私はまだ特定のステディを持った覚えはないけれど?」
 はん、と大げさに鼻を鳴らし肩を揺らしながらノーティはいやらしく顔を近づけてくる。
「あんな性悪のどこがいいんですの?」
「お、お前に関係ないだろ」
「うわ、今の言い方そっくりでしたわよ。きもちわるーい」
 上手く返せず子どもが駄々をこねるような言葉を聞いて、ノーティはますます調子に乗って囃したてる。
「いつまでも子どもの頃の話を引っ張り出すのはやめて貰えるかな、親戚の年寄りみたいだよ」
「子どもの頃の話だなんて言ってませーん。お兄さまダッサーイ。恥ずかしーい」
「ああほら父上がいらした、とっとと帰るぞこんな所」
 やっと姿を見せた父の姿にほっとし、大得意の弟をいなして立ち上がる。彼女の方は兄をやり込めてすっきりしたのか、一人さっさと父の許へ向かっていった。
「王配、ね……」
 一度深呼吸して、呟きながらミーデロンは紙束をくしゃくしゃと丸めた。きっと駄作だ。