✥  運命の人[3]

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また、[1]の注意書きを読んでからお進みください。




 レハトの目が苦手だった。気負いもてらいも無く真っ直ぐに見つめる瞳が、初めて会ったときから嫌いだった。何も言わずとも雄弁に、罪の所在を指摘してくるあの目が。

 薄い布が目の上を覆い視界を奪われ、吊されるように頭上で腕を縛められてもレハトは抵抗を見せなかった。泣き言のひとつでも言えばまだ可愛げがあるものを、行いも腹づもりも一顧だにしないその態度にタナッセは歯噛みした。
 寝台の上で裸体を余すところなく晒しながらレハトは身じろぎもしない。レハトはタナッセの振る舞いよりその源となった彼の感情に対して身を竦ませていたのだが、そんなことはタナッセにはもちろん知る由もない。
 レハトの視線から解放されていることで、タナッセはくつろいだと言っていいような気分で、薄い体に跨がり両手で頬を撫でた。吸い付くような肌からあごの線を落ちていくと、レハトの命を象徴するように頼りない首にたどり着く。
 蠕動する喉は血の道が通うためか、ほかよりもいくぶん高い熱が伝わってきた。
 両手に伝わる拍動に向けてゆっくりと体重をかけていくと、引きつったうなり声が洩れる。顔の見えない女の唇が少しずつ開き舌が宙に浮く。レハトが身をよじり暴れ出して、タナッセは自分が今大きな選択を迫られているのを自覚した。これはきっと絶好の機会だ。
 このまま、本当に。
 そう思った次には手を離していた。殺せるだけの思い切りがあれば、そもそもこんな袋小路に追いやられていない。結局私にできるのはその程度なのだ、これほど憎んだ相手すら手にかけられない。善人にも悪党にもなれない半端者が、あの人のようになりたいなど馬鹿げた夢想もあったものだ。
 手を離すとレハトは激しく咳き込み、自分の唾にむせて顔を背けた。不規則な呼吸が収まりかけた頃、口の端に垂れた唾液をすくって戻してやる。柔らかな舌の温度は指に心地よく、呼吸で蠢く口内は指の代わりになるものを連想させる。閉じられない口が苦しいのか、レハトの呼吸がまた乱れてくる。濡れた指を引き抜くと溜まった唾液が肌を汚した。
 レハトの痩せた体はそれでも決して男にはない柔らかさがあり、触れると心地よい弾力を返す。タナッセの手は触れるか触れないかの微妙な距離をとりながら薄い皮膚を滑っていく。腋から胸の輪郭をゆっくりと撫で、指が沈む圧倒的なまでの柔らかさをもつ丸みに触れる。肌をごく優しく愛撫していくとレハトの吐息が段々と耳につくようになり、タナッセも呼応するように昂ぶるのを感じた。
 両の乳房を揉みしだき、固く尖った先端に舌を伸ばす。ことさら音を立てて吸ってやると縛った手首が軋んで鳴った。歯を立てて舌先でつつくとレハトの喉から短く高い音が洩れて尾を引いた。
 体の部分部分を確かめるように口づけ、痕を残していく。なだらかな窪みに舌を這わせ白い素肌を赤く染め、ときに醜い鬱血をつけて全身に自らの痕跡を残していった。

 生きるためとはいえ自分を殺そうとした相手に拘束を許し視界まで委ねて、それでもレハトはすました顔をしている。
 やはりそれが真意なのだろうか。自身の前途などとうに閉ざされたものと割り切り、私が手をかけることを復讐とするつもりか。身の安全さえ望まなければそれは素晴らしく有効な手段だろう、私のような人間にとっては特に。奴の命を長らえさせるために自らこの関係を申し出たというに、その私が前言を翻し相手を辱めた上で殺すのだ。傑作の道化芝居だとレハトは笑うだろう。
 奴はそう突きつける日を待ち望んでいるのかもしれない。お前はやはりそういう人間だと、自分で一度決めたことすら貫けない、口先だけの贖罪に酔う浅ましい愚か者と。

 浮いた腰骨に口づけ太ももに触れる。脚を持ち上げその裏側に歯形を残すほど噛みついた。レハトは時折体を震わせ絶え入るような喘ぎを聞かせる。指を伸ばせば十分に潤っているのは分かっていたが、タナッセはまだ終わりにする気にはなれなかった。
 一度くらい泣いて許しを乞えば多少は溜飲が下がるというものだが、どこまでこちらを侮るつもりなのか。こいつが根を上げるまで責め抜いてやりたかった。
 タナッセの指が動いて閉じた粘膜が柔らかくほぐされていく。充血した突起を撫でられ、レハトは腰をくねらせひときわ大きな声を出した。同じ場所に暖かい風がかかり戸惑う。生温かく、柔らかにうねる感触が続けて加わりレハトはタナッセが自分の性器に舌を這わせているのだとやっと理解した。
 途端これまでにない恥ずかしさに頬が熱くなる。何か言おうと唇を動かしたが、結局意味のあることは何も言わずまた口を閉ざし不自由な腕を軋ませた。
 赤く腫れた実は敏感で、そっと舌を這わすだけでレハトは押さえきれない声を洩らし身悶える。もっと乱してやろうとしつこく舌先でなぶってやるとひくひくと蠢く肉の奥から透明な体液がとめどなく溢れてくる。
「……も、やめ……」
 耐えきれなくなったのか、レハトの上げるかぼそい懇願にタナッセは内心ほくそ笑んだ。
「こちらは違う意見のようだがな、涎を垂らして物欲しげにしているぞ」
 指は抵抗なく滑り込んで音を立てる。関節を曲げてざらざらした内壁を探るとレハトはびくびくと派手に反応した。
「ひあっ……! や、やだあ……」
「お前はいつもそうだ、その二枚舌には呆れかえる。それともまだ足りないという意味か」
 熱くなった体は指でいじられているだけでも十分にレハトを煽る。中でぐりぐりと動かすと柔らかな肉がうねって収縮するのを指に感じる。突起を舌ではじきレハトが跳ねるたびに脚を押さえ、そのたびに主導権はこちらにあるのだと、ここまで私を看過してきたお前に今さら拒否権などないとタナッセは教えた。
「や……だめ、タナッセ……やめて、お願……あ、ああっ……いく、」
 しつこくこね回し吸い上げて、かき回される水音はいっそう高くなる。レハトは泣きながらよがり声を上げいつにない狂態を見せた。腰を浮かせ身をよじり、何度も達しながら意味のわからない声を叫んだ。
「まるで漏らしたような有様だぞ、まったく……こんな醜態を晒して貴様は恥の意味すら知らんのか」
 敷布にはレハトが溢れさせた体液が染みをつくっていた。しゃくりあげながらレハトはがくがくと体を震わせ、軽い接触にも何度も果てた。ふと、投げ出された小さな足の裏を微かに撫でるとレハトは明らかにそれと分かる痙攣を見せる。
「こんな所でまで貪るとは、お前の強欲さには実に頭が下がる。こちらが恥ずかしくなるほどだ」
 そろりと触れられるたびレハトは奥歯をかみしめ全身を引きつらせた。
 残った服を脱ぎ捨てながらタナッセは寝台に立ち上がった。レハトは繰り返し押し寄せた絶頂の余韻に浸り弛緩した体を震わせている。タナッセは涙で重く濡れた目隠しをはずして、改めて彼女の側に立つ。
 己の脚を慎重に持ち上げ、タナッセはむき出しの乳房に押し当てた。
 足の裏にふかふかとした脂肪の感触と固い蕾のような刺激が伝わる。脚に少しずつ力を込めると早鐘を打つ心臓の響きを感じた。
 レハトは小さく息をのみ緊張した面持ちで一度目を開けタナッセを見つめたが、彼が見返すことはなかった。それほど痛いわけでも重いわけでもない。ただ屈辱的な仕打ちではあった。
 体を圧迫する足は腹を通り、鼠蹊部をたどって腿の付け根を擦り、表面を撫でた。
「……お前は本当になんでもいいらしいな」
 足の指が渓間を探る。たっぷりと濡れたそこは乱暴な刺激も快感として受け止め、レハトはまぶたを閉じて見下ろすタナッセを見まいとした。
 ひとしきり弄られ何度も果てたのに、それでもタナッセが欲しい自分は確かに淫らなのかもしれないと、レハトは自分の味がする濡れた指を舐めて考えた。
「……口を開けろ」
 タナッセは胸の上に跨がり、半開きの唇に自身をあてがって命令した。開けなければそのまま押し込むつもりだったがレハトは従順だった。何をされるか知ってなおレハトは唇を開きそれを咥えた。
 レハトの口内は温かかった。唾液がぬるぬると絡まり柔らかな舌と唇が動く。後ろめたさは快楽を後押しし、レハトを汚している喜びにぞくぞくするような恍惚感を得る。とろけそうな快楽に自分でも気づかず腰が動く。このまま奥まで突いてやりたい衝動を覚えて、自分は一体どこまでやれば気が済むのだろうと頭の片隅に答えの見えぬ問いが浮かぶ。
「ぐ……ふっ……」
 苦しそうにえづき涙をにじませレハトは目を閉じた。
「……目を開けろ」
 言えば大人しく従いうっすらと瞳を向ける。
「閉じるなと言っている、私を見ていろ」
 苦しさから反射的に目を閉じようとするレハトにそのたび開けろと命令すると、自分を辱める男に虚ろな目を投げる。
「私が奪った力とやらは……結局の所、どこにあり……どうやってお前に及ぶのだろうな」
 口の中で限界が近づくのを感じて息が荒くなる。嫌がって拒否すればいいものを、レハトは大人しく口を動かしている。
「……これで回復するかどうか、試してみるがいい」
 タナッセは湧きあがる暴力的な快感に身を震わせ、レハトの頭を強く掴んだ。一時、相手を完全に支配下に置いた気分になる。
「……飲め」
 白い喉が嚥下の動きを見せ、タナッセはもう一度口の中に汚れた自身を押し込んだ。



 腕の戒めを解いてもレハトは目を開こうとはしなかった。ぐったりと身を横たえいくぶん速い呼吸を静かにくり返している。大丈夫か、と口にしかけて自分にはその権利はないことをタナッセはやっと思い出した。体を拭いてやることも髪を撫でることも同様でただ枕に頭を戻してやるのが精一杯だった。
 愚かなことをしている自覚はあった。自分で泥沼にはまりに行っているのも。小さく呼吸する白い顔に、目を開けてくれと言いかけそれは先ほど最中に放った言葉だと思い至る。結局何も言わずタナッセは自分を遠ざけた。
 寝台の端に腰掛け、闇が増していく室内を無感動に見渡す。
 十八年、自分はこの部屋にいる。目新しさのない、面白みもない私自身のようにすり切れた暗い部屋。
 逃げ出したかった。奴の前から永遠に姿を消したいと思い、それができない理由を思い出す。愕然とするのはほんの一時でも忘れていた自分にだ。私がいなければこいつは死ぬ。鎖に繋がれているのは私であり、断ち切るにはレハトを殺すか、あるいは自分が死ぬしかない。いや私が死ねばレハトは死ぬのだ、理不尽きわまりないことに。
 ではレハトを殺してしまおうか。
 そのことをタナッセは再度本気で検討しはじめた。逃げることも解決することもできないのなら捨ててしまうほかないのではないか。レハトを殺して。そして自分は? ようやく正しき報いを受け入れるのか、それともいっそ逃げ出して何もかも台無しにしてしまおうか。私にはそれが相応しいのかもしれない。
 あのとき、埃まみれの床に転がっていた冷たい体。私が奴を助けたのは、なんのためだったのか。断じてレハトのためではない、それは間違いなかったが、自分が信じるもののために殉ずるためだとも言えなかった。閉じた目蓋が二度と開かない気がして、恐ろしかった。その恐怖の訳は何だったのだろう。人を殺してしまうことか、自分が人殺しになってしまうことか、このままでは死ぬと言われてそれは認められないと思ったのはどんな理由によるものか。
「……馬鹿馬鹿しい」
 私はただ罪を背負うのが恐ろしかっただけだ。
 閉じた輪の中を回り続けるような思考にも、救いのない行為にもうんざりした。何より嫌気がさすのはいつまでたっても割り切れない自分自身の愚かさだ。
 私がどれ程憎んだところでレハトには届かないのだ。そもそも徴が刻まれたことも、私に憎まれることも、訳のわからぬ儀式の犠牲になったのも、その後遺症のため望まぬ行為を強いられる苦界に沈まされたのも、どれも奴に責任をとるべき因などないことくらいは分かっている。神に愛される者は私などには穢されはしないのだろう。
 選定印は変わらず聖なる光を放つ。
 徴持つもの、私には決して届かない場所に手を伸ばす者。私には見ることも想像すら許されぬ遠い場所に立つ存在。私に印がない理由など明白だ。
 その器ではないから。
 これ以上の説明はない。


「……タナッセ?」
「……起きたか」
 敷布がこすれる音に続けて自分を呼ぶ声がして、タナッセは振り返った。レハトは瞳だけこちらに向け疲弊してぼんやりした表情だったが、少なくとも人間らしい顔色をしていた。
「お水……もらっていい?」
「……私がやろう。そのなりでは辺りにぶちまけかねん」
 タナッセは水差しに手を伸ばそうとするレハトを制して注いでやった。半身を起こし両手で受け取り、レハトは水を飲んで息をつく。
 そしてお前は私が注いだものを平気で口にするのだな、とこみ上げる苦い気持ちを考えまいとレハトから目を逸らし、見るものなど何もない室内に頭を戻した。
「ねえ、私に死んで欲しい?」
 ごく普通の調子でレハトは質問した。軽くうつむいていた頭を起こし、タナッセはその言葉を背中で聞いた。レハトは根気よく返事を待った。
「いや……死んでくれたらありがたいが、死ねばいいとはもう考えていない」
 タナッセはレハトの問いに本心を吐露した。疲れて考えるのが面倒だったし、それでレハトがどう出ようと好きにすればいいと考えた。何か目的があって生きているわけではないのだし。
「私の領地ってディットンのすぐ側だから、あなたには住みやすいと思うんだけど」
「……何の話をしている?」
「婚約者殿に新居の相談を」
 訝しげに振り返ったタナッセに構わず気怠そうにレハトは水を飲み、杯を膝に降ろす。その虫が這うような緩慢な動作には行為の疲れ以上のものがあらわれていた。
「貴様の戯れ言には付き合いきれん。なんだって今さらそんなところに行かねばならんのだ」
「城は飽きた。人付き合いも面倒だし、そろそろ田舎に引っ込んで余生を送りたい」
「何を……。お前、本気で言っているのか。本当に頭がどうかしたのか?」
「そんなにおかしなことは言ってないと思うけど……どこだって一緒でしょう」
 違う? とレハトは赤黒く跡が残る首を傾げる。
「これ以上体調が悪化したら長旅は無理だから、今のうちに引っ越したい」
 目を閉じ頭を振って、タナッセはゆっくりと長い息を吐いた。
「なぜ私を告発しなかった? 目覚めてすぐ、自らがやるべきことをやっておけば良かっただろう。そのときはまだお前は自分の体の状態なぞ知らなかった、なにをためらう理由がある? 度量の広さでも見せびらかしたかったか、馬鹿に相応しく幼稚な考えだ。いや考えとも言えぬ浅知恵だ。私のしたことは許されることではない、あの儀式も、その後の全ても。そして私は貴様に情けをかけられるいわれなぞ断じて無い、これっぽっちも、だ」
 しゃべり終えてレハトを睨みつけるタナッセの瞳はいつになく力強い。そういう態度のタナッセのほうが好ましいと感じる自分は被虐趣味とそしられても仕方がないなと、レハトは自分の趣味の悪さを少し笑った。
「分かってもらえるか分からないけど、そうだね……二人の人間がいて……そう、その二人の間に起こったことは、どちらか一方だけの問題ではないと思うから、かな。あなたが決着をつけられないように、私も清算がすんでない……から」
 レハトは少しでも分かって欲しいと祈りながら語りかけた。タナッセの憎悪のいくらかは私のものなのだ。
「なぜ私を許す。お前は私を憎んで当然だろう、許す理由など一つも無いはずだ。それが当然で……正しいはずだ」
「タナッセ?」
 息切れでも起こしたように喉に詰まった声を絞り出すさまに、顔を覗き込もうとするとタナッセは身を翻してレハトの視線を退けた。
「……お前は、本当に……どうかしている。理解できない。私はお前が嫌いだ。心底不愉快で、何もかもうんざりだ」
 乱れた呼吸を整えようと、震える声を隠そうと、タナッセは膝に埋めた頭を抱えた。
「……うんざりする」
 窓の隙間から風が入り込んで幕をはためかせる音が耳につく。その音を聞きながらタナッセは長い間黙っていた。
 自分自身を受け入れられない、認められないタナッセはレハトの全てが妬ましかった。自分が欲しかったものを持つレハトが、全く異なる世界に突然放り込まれても腐らず成果を出そうと努力するレハトが、あまりに自分とかけ離れたその姿が憎くて、羨ましかった。そしてそれすら認められない惨めな自分に飽き飽きしていた。
「……レハト」
 立てた膝に顔を埋めたままタナッセは呼びかけ、それしか思いつかなかった言葉を口にした。
「…………すまない」
 レハトはそっとタナッセの側に近づいた。寝台が軽い体にかすかに軋む。厳かといってもいいほど静謐な声がタナッセの耳に届いた。
「あなたが私の名前を呼んだの、いつ以来だか知ってる?」
「……いや」
「じゃあ教えてあげるけど、去年、私をここに呼んだとき以来よ」
 うつむいた背中に頭をもたせかけレハトはタナッセの体温を感じた。
「……そうか」
 一呼吸をおいてレハトは慎重に言葉を選んだ。
「……どうして私がこんな話をしてるのか、分かったら教えて」
 きっと伝わりはしないから、これが精一杯だ。

「……レハト」
「うん」
「許して……欲しい」
 レハトはタナッセの矛盾は指摘しないでおいた。
 その言葉だけ告げたタナッセの本心は本当には分からない。それでもレハトはやっとタナッセが自分と向き合ってくれたのだと信じたし、そう信じられることが何より重要だった。それなら自分もただ黙っている時は終わりにしよう。
 レハトは腕を伸ばし、答えと共にそっとタナッセの髪を撫でた。