✥  運命の人[2]

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また、[1]の注意書きを読んでからお進み下さい。




 憎悪故にレハトを汚したいのか、矜持を保つため贖罪を望むのか、保身のため命を留めたいのか。あるいは単に性のはけ口に身体を弄びたいのか。タナッセには自分の心情も行動も理解できなかった。
 あのとき殺しておくべきだった。あのとき見殺しにしていれば、これほど乱雑に感情が入り交じった苦しい思いは味わわずともすんだというのに、何も言わず言わせないレハトが憎かった。
 けれどもそれら何もかも言い訳のような気がした。情交の快楽は世の人が耽溺するのもよく分かったし、レハトが苦しみに、あるいは快感に身をよじる様を眺めるのは暗い悦びがあった。


 少年のような細腰とあばらの浮いた胸郭に不釣り合いな丸い胸が揺れる。淡い突起を口に含み、舌で潰して吸うとレハトは唇を閉じ視線をあらぬほうに向けた。私に触れられるのはそれほど不快かと、責めたくなる自分も不可解だった。レハトの態度は至極当然だというのに自分は何を苛ついているのかと、タナッセは自身の感情を受け止められずにいた。
 寝台の上で揺さぶられているレハトは熱に浮かされたように短く息を切る。喉の奥から漏れる悲鳴じみた嬌声を押し込めるように口づけて黙らせる。皮膚がこすれる快感を堪能し、自分にしがみついて切ない声をあげ、恍惚の表情を見せるレハトの上気した頬に陶酔した。
 交接の間タナッセはレハトだけを見、彼女の反応だけを注視していた。彼女の言葉だけを聞いて、その意味をひとつも取りこぼさず反芻した。そのときばかりはタナッセはレハトのものだった。抱え込まれるようにしてきつく抱きしめられるとレハトは何もかも忘れて押し寄せる感覚に酔い、素直に悦楽の声を上げることができた。タナッセも快感に酔うレハトの姿態に安心にも似た満足を得た。
 吐精してしまうと、波が引くように興奮が去っていく。汗を拭き身支度を整えながら湧き上がるのは憑き物が落ちたような身軽さと罪悪感、後悔。気怠い疲れ。贖罪などまったく詭弁もいいところだった。単にそうできるから、という理由でレハトを弄んでいるだけだった。矜持など、愚かしい発想もあったものだ。自分はただレハトが憎い。額を見るたび剣でえぐってやりたい気持ちは今も変わらない。代わりに体を汚して報復した気分をつかの間味わっているだけだ。
 できることなら立派に振る舞いたいという願望もあった。たとえばあの母のように。力が欲しくて、強くありたかったはずなのにいつの間にか正反対の道を進んでいた。
 周囲の評価が気にならないのも当然だった、それはただの事実でしかないのだから。


 耳を塞ぐような位置に手のひらがあるために、頭の中に口づけの水音が響いてレハトはたまらない心地でいた。少し前まで知識としてしか存在しなかった行為に溺れ、救われている。

 印持つ寵愛者、まったく突然に現れた二人目、玉座を望むその言動。タナッセにとってはレハトの振るまいが、存在そのものがどれほど神経を蝕んだことだろう。その身をやすりで削られるように日々消耗させ傷つけたのか見当もつかない。年の替わる最後の月、ぎりぎりに彼の背中を押したのはやはり自分への憎悪であり、その上告発しないことでまたさらに辛い立場に追い込んだ。苦しまないで欲しいとはとても言えなかった。タナッセが印持ちという存在にどんな感情を抱いているのか、もっと早くに気づいていれば彼から離れる選択肢もあったはずなのだが。それでも彼の憎しみにも底はあるだろうし、そのときまで付き合おうとレハトは勝手に決めていた。

 溜まった鬱積を晴らすようにタナッセの行為は激しさを増す。
 息苦しさから顔を背けようとすると直ぐさま捕らえられ、偏執的といっていい執拗さで口づけはくり返される。空気を求めて開いた口に舌が差し込まれ吐息ごと飲み込まれ、口内を散々に蹂躙されてレハトは体を芯から震わせた。
「二人目の寵愛者はランテの生け贄になったと言われている」
 別れた唇が糸を引く。レハトが抵抗を諦めてその身をさらけ出すと、タナッセは感情を押し殺した平坦な声でぽつぽつと語りだした。
「私との婚約も欲得ずくのものだろうと。いまだにお前の元に婚姻の申し込みが来ているだろう?」
「……それ、が?」
 唇が痺れて頭がくらくらする。布越しにまさぐられるもどかしい感触に体をくねらせながら考えるが、彼が何を言おうとしているのか見当がつかない。
「本当に私だけがお前を助けられるのか、確かめていないのか」
「必要なのは単なる行為であって相手ではないのかも知れんぞ、ならば私はめでたくお払い箱だ。試してみる価値はあるのではないか」
「……それ、は……ん……思いつかなかったかな……」
 肩に架かる繊細な橋のような鎖骨を唇でついばみ、顔を上げてタナッセはレハトを見た。
「お前に種付けしたいという男なら引きも切らんだろうよ、それほど印とは魅力的だ」
 レハトは息を整えながら黙ってタナッセを正視した。見つめ返す瞳は揺れ無表情を保とうと結んだ口の端が、力を込めすぎた反射でときおり動く。
 自分で言った言葉に自分で傷ついていれば世話はない。断罪されたいがために自尊心をかなぐり捨てるタナッセに、レハトはいっそ感動すら覚えた。
「……あなたで、不自由してない」
「……はっ。ああそうか、寵愛者殿はよっぽどの倒錯趣味をお持ちのようだ。私になぶられるのがそんなにお気に入りか? 大方こうして蔑まれて濡らしているのだろう」
「何を……」
「見せてみろ」
「……」
「そこに横になって、自分で広げて見せてみろと言っている」
 タナッセは顎で後ろの寝台を示した。レハトはそこに腰掛けながら下穿きを滑らせ体を横たえた。指先が冷たい。裾をたぐり寄せ片膝を立てると下腹部が外気にさらされた。
「ほう、これで? これでもまだ足りないと? これも田舎者特有の強欲さか、まったく恐れ入る」
 彼の嘲笑通り、レハトの陰部は生温かいもので湿っていた。長い口づけと特異な状況がレハトの興奮を煽っていた。
「では、ご自分で入れやすくしていただけるかな」
 意味が掴めずレハトは顔を上げる。
「濡れてもいないのに挿入したら痛くてかなわんだろうに、私ではご不満だろうからご自分で気の済むまで濡らしてみたらどうかと言っている。それとも寵愛者殿は痛いのがお好みだったか。……なにせ自分を殺しかけた男に犯されるのが趣味の被虐嗜好の持ち主だ、さもありなん」
 じわじわと彼の言葉が染み渡り、レハトはまじまじとタナッセの顔に見入る。冗談などではないことは冷え冷えとした彼の視線から明らかだった。
 まとわりつく衣裳をかき分け冷えた指先をそっと動かして、レハトは自身に触れた。沿わせた指が動くと、いつしか聞き慣れた水音が洩れる。
「ん……」
 そっと指を動かすと、嫌でもそこはだんだんと熱を持ってくる。視界に入る場所に立つタナッセの存在が羞恥を後押しするが、彼も自分も見ないようにレハトは自身を慰めた。
「……よくもまあそんな狂態を演じられるものだ。男の前で脚を広げて自分で弄ってみせるなど、浅ましいにも程がある。自分の格好が分かっているのか? その商売女のようななりで神の寵愛者などと、笑わせる」
 タナッセは冷笑しレハトの脚に触れた。腿の裏に置かれた手に力が込められ、胸の近くまで膝が折りたたまれて屈んだタナッセの毛先が素肌を撫でた。指が縁にかかり皮膚が引っ張られて、レハトは触れられる期待に唾を飲む。
「あ……」
「……どうした。続けないのか」
 レハトの指先とそれが触れるところに微かに温かい液体が垂らされた。彼の唾液で指はぬるぬると滑り、少し動かすだけでぴちゃぴちゃと水を舐めるような音が出る。自然と指が一番敏感な突起にかかり、恥ずかしくてたまらないのにじんじんと痺れるようなその刺激に身を任せたくなる。
「もう……い、いいでしょ……?」
 滑らせるだけで達しそうになる体をなだめながらレハトは視線をさまよわせる。タナッセが自分を見ていると意識するたび奥が疼いて息があがってくる。
「……人のものを頼むときは頭を下げるのが筋だろう。入れてください、と頼んでみろ」
「……いれて、ください」
「……そうまでして生きたいか?」
 レハトが絶え絶えに答えた途端、タナッセは彼女の片手に収まる顎をつかんで顔を向けさせた。抑えた声音には抑えきれない憎悪が滲む。
「お前は何を望んで生きている? 私に頭を下げて、こんな下卑た真似までして何を望む」
「あなたこそ……タナッセ、あなたこそ何のために生きてるの」
「……私が死ねば、お前も死ぬぞ」
「私が死んだらあなたは助かるんじゃないの」
 子供に道理を説くようにレハトは静かに言いつのる。
「あのとき殺すべきだった。あのとき出来なかったから、もう今さら出来はしない。そうじゃない?」
「貴様……!」
 激高してほとんど反射的に首に手をかけるが、形ばかりの抵抗と怯えのない瞳にタナッセは動きを止めた。
「……これが目的か? 私にお前を殺させることが」
「私の思惑を気にする必要があるの? それともあなたには何か目的があってこうしているの」
「……貴様には、関係ない」
 レハトは少しだけ目を細めて軽く眉を寄せ、唇に弧を乗せた。

 一度にねじ込まれると突き当たりに振動を感じて思わず声が出た。
 何の配慮もなく、タナッセはただ自分がしたいように振る舞った。脚を肩にかけて突き立て、熱く締め上げる中を何度も抽送し、とろけそうな快楽にタナッセは思いがけず笑いをこぼしていた。
 繋がったところから快感が熱のように全身にまわる。背が弓なりに緊張しレハトは自分でも何に耐えているのか分からないほど敷布を握りしめて声を上げた。一度声を出すと止められず、いくらでも嬌声が溢れる。お互いの茂みがこすれあってたまらなく気持ちいい。掻き回されるたび咀嚼音に似た下品な音が響いて、レハトは全身を這い上がる快楽に涙をにじませ我を忘れた。
「も……っと、もっと、あっ……」
「もっと、もっとなんだ? ほら、言ってみろ、してやるぞ」
 無意識のうちに洩れた呟きに腰を叩きつけながらタナッセも反射的に答える。
「して、タナッセ、あ……や……きもちいい」
「お前は、こう……こうされなければ、私がいなければ生きていけないのだ、分かっているのか」
「ん、あっ……わ、わか、わかってる、ああっ」
「お前は、お前は……私のものだ、そうで……そうでなければいけない」
 うわごとのように同じ言葉をくり返しながらタナッセは浅く、深く、角度を変えてレハトの肉を責め苛んだ。そしてその胸に拘束するようにレハトを抱き、体ごと自身を打ち付ける。彼女の細い肢体を押さえつけながら最奥で射精し、タナッセはわずかに声を洩らした。
 ぴたりと触れる胸は呼吸で波打ち、接する肌から熱が移る。全速力で走った後のように脈が早い。それはレハトだけでなく、重なった体からタナッセも同じだと伝え心臓がひとつになったような錯覚に陥った。
 部屋の中は切ったばかりの果物のような甘い匂いが漂う。レハトの体は意図せず何度も痙攣して、その度にタナッセは繋がったままの震える体をなだめた。



 日が陰り人が少なくなる頃合いを見計らって、レハトは風に当たりに中庭に出た。
 タナッセの体はレハトにいつも熱かった。それが冷えた自分の体のためにそう感じるだけだと気づくのに時間はかからなかったが、それでもタナッセの体は特別だった。
 乱暴にしているつもりらしい扱いも、レハトには笑いたくなるほど紳士的で、それが歯がゆく奇妙に悔しくもあった。自分を憎んでいるのなら、何故そうも私を尊重するのかとなじりたかった。無理矢理にでもねじ込んでさっさと吐精してしまえばいいものを、いつも体を抱き寄せて少しずつ触れてからでないとそれ以上は進まなかった。きっと自分が本気で拒否したら、そこで止めるのだろう。それから自分が弱っていって、それでもタナッセを拒否していたら、彼は無理矢理にでも行状に及ぶのか、死ぬに任せるのだろうか。恐らく後者だろうという気がした。それほど臆病で生真面目で愚直な男だった。決して嫌いにはさせてくれないのだ。
 行為の後は力が抜ける感覚と戻る感覚に翻弄され、ひどく体が重い。そのときばかりはタナッセに身を寄せても彼は黙って抱きとめた。レハトはそれに気づいて、気づかぬふりをしてタナッセに身を預けた。何にせよ体の自由は利かないのだし、抱きしめられていた時間に比して離れるとき辛くなったとしてもそれ以外の選択肢はなかった。束の間、レハトは目も眩むような幸福に浸った。タナッセの熱い体も、首筋の汗の臭いも、自分を抱きとめる大きな手のひらも独占していられた。その短い時間、自分たちの関係とそしてタナッセは憎悪を、レハトは愛を忘れてお互いの体を抱きしめ合えた。
 レハトにも自分の心がよく分からなくなっていた。泣けばいいのか、怒ればいいのか、いっそ楽しめばいいのか。顔を歪ませて自分を罵るときのタナッセは苦しそうだった。それを見るたび、可哀想に感じる度に、自分は死んだほうが彼のためにもっとも善いことではないかと自問した。それとも私は彼を苦しめることが愉快なのだろうか。タナッセの苦悩を知りつつしらん振りを続けることで復讐しているつもりなのだろうか。
 薄闇の中を供もつけずゆるゆると進む白い影は、幽鬼のように妖しく儚い。儀式の傷深くさらにそれも癒えぬまま篭りに入ったためか、レハトの不調は長引き、回復の兆しもあまり見られなかった。タナッセとの行為によって一時的に癒やされはしても、水面に浮かべた穴の開いた桶がいつとはなく沈むようにレハトも深い井戸の底に沈もうとしていた。


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