✥  知恵の輪

タナッセ愛情B、レハト篭り明け、まだお城。
レハトの愛しき夢。




 複雑な形の鋳物は手に乗せられるほどの大きさで、かちゃかちゃと軽い音がする。
「これはちゃんとした解というものがあるのだ、そう闇雲にいじり回しても解けんぞ」
 後ろから覗き込んだタナッセにごくまっとうな指摘をされて少し苛立つ。
「うー」
「だからそこは無理だ」
 そんなに言うならやってみてよ、と抗議するとタナッセは軽く息を吐いて私の隣に座った。やってくれるのかと思ったらひょいと身体を持ち上げられ、彼の膝の間に座らされていた。
「な、なに」
「教えてやるから前を見ろ」
 尊大と言ってもいいほど堂々と言い放ち、タナッセは頭をぐいと押してくる。緊張しているのは私だけのようだった。背後から腕を回され、身体を抱き寄せられる。彼の胸に背中がぴたりとつく。
「どうもお前は根気がなくていかん、たまには最後までやり遂げてみたらどうなんだ」
 それは自分でもうすうす気づいていたことだけど、タナッセに言われるとなんだか腹が立つ。タナッセのくせに。
「順番に試してみろ、そう難しくない」
 長い指が私の指に触れて絡みつく。全身を包み込まれるような格好に気づいて体温が上がる。
「そう……そうだ」
 耳のすぐ側で低くささやかれると、緊張が強くなってくる。指が震え出す前に早く解いてしまいたい。
 後ろから時折指示されながらしばらく動かし、おしまいに軽くひねると思いがけずあっさりとした手応えと共に金属がほどける。
「そら、できたろう」
「うん……」
 解けたことになぜだかほっとして肩を降ろす。なんとなくいたたまれなくなって離れようとしたところを引き寄せられた。
「褒美だ」
 タナッセは柔らかく言って、私のこめかみのあたりに唇をつけた。驚いて動けないでいると、舌がゆるく触れてちゅ、と思いのほか大きな音がした。なんと言ったらいいのか分からなくて、困って彼を見上げるとタナッセはごく自然なことだというように静かに微笑んでいた。
「タナッセ……」
 彼のほうに体を向けようとして、手首を握られていることに気づく。
「レハト」
 タナッセが私の名前をささやく。彼はいつからこんなに綺麗に微笑むようになったんだろう。
「私」
 なにか言おうとして口を開きかけると、ひどく強く二の腕を掴まれ揺さぶられた。
「レハト」
 痛いよ、と言おうとして一度まばたきすると、目の前に横向きになったタナッセがいた。さっきまでの素敵な笑みは夢かと思うほど眉間に皺を寄せ呆れた表情だ。
「……」
「さっさと起きろ」
 驚きすぎて言葉が出ないとはこのことか。ふかふかしたクッションの端っこを握りしめていたためか、皺がついていた。見つかったらさらに怒られそうなのでさっさと隠してしまう。
「……夢かあ」
 長椅子の上に直って頭を振ると現実感が戻ってくる。日の明るさからしてそれほど寝ていたようではないみたいだ。はああ、と長いため息をついて、なんかおかしいと思ったんだ、とひとりごちるとうんざりした顔をされる。
「お前は人の部屋で眠りこけて、いったい何のつもりだ」
「えーと……午後には帰ってくるって聞いたから、待ってた。でもタナッセ遅いから。暇で、うとうとしちゃって」
「それで昼寝か。客間を占有するな、来客がなかったからいいようなものの……」
「お昼食べ過ぎたのかも……」
 まだ夢の名残が残っていてぼんやりと返事する。
 優しく微笑んでいたタナッセの顔を思い出すとどんどん鼓動が早くなっていく。夢の中のタナッセは別人のように隙のない振る舞いだった。……あんな表情はみたことない。
「まったく……おい、顔が赤いぞ。まさか熱でもあるのか」
「ひゃあ!」
 口調を改めてタナッセはごく普通に額に手のひらを当ててきた。出し抜けに徴に触れられて、自分でも予想外に体が震え悲鳴が飛び出る。
「な、なんだ、突然大声を出すな」
「な、なんでもない! びっくりしたの!」
 二人体をのけぞらせて離れるさまは、端から見たらずいぶん滑稽だったろうが私にはそんなこと考える余裕はなかった。額の徴がじんと痺れる感覚に、両腕で自身を抱きしめてこらえる。前はこんなことなかった。
 篭り明けすぐは体も心も不安定になると、事前に聞いてはいたもののこんなこと聞いてない、と言いたくなる。篭もりの期間に習ったことといえば、具体的ではあっても日常的ではないお役立ち情報で、こういう気持ちについては教えてもらえなかった。
 変な夢を見たり、変な気持ちになったり、タナッセが好きなのになぜかひどく憎らしく感じたり。時折わけもなく泣きたくなるような気持ちになって、原因を考えていくと大体それはタナッセのせいだったり。自分の気持ちがふわふわしてるのは分かるのだけれど、どうすれば落ち着くのか分からない。
 徴にさわられると治りかけの傷口に触れられたように痛むず痒くてそんなにいいものじゃないのに、今ももう一度同じ所に触れて欲しいのはなぜなんだろう。もしかしてこれがそういう趣味とかいうやつか。
「タナッセ」
「なんだ」
「私、熱あるかも」
「……」
「ちょっと、確かめてくれない」
 タナッセはあからさまに不審な目を向けていたが、私の顔が本当に赤かったからだろうか、もう一度額に触れてくれた。
 ぞわりと腰から背筋に走るものがあって思わず目をつぶる。触れられた所がむずむずする。手のやり場に困って、祈るような姿勢で唇を噛んだ。
「ない」
 そっけなく言って、ふいと目を逸らすタナッセの顔も赤い。
 耳元でどくどくいう拍動はゆっくりと治まっていった。両頬を手のひらで押さえて息を吐くと私は大分満足して、安らいだ気分になる。
「それで何だ、何か用か」
「ううん、会いに来ただけ。これおみやげ」
「なんだ、知恵の輪?」
 卓に置きっぱなしになっていた金属を渡すとタナッセはいくらか首をかしげる。もっと可愛げのあるものを持ってくれば良かったかもしれない、本とか、タナッセの喜びそうなものを。にしても婚約者が会いに来たというのに何か用かとは、ずいぶんじゃないだろうか。しかも今月はまだ数えるほどしか会っていないのに。可愛げがないのはタナッセも同じだ。
「市で買い物したらおまけにもらったの。……タナッセ、得意?」
「いや別に……なんでまた?」
「え? ええっとね、夢の中でタナッセが、えーと、すごく上手に解いてたからさ。どうかなーって。って。」
 待っている間少しいじってすぐ諦めたから夢の中で怒られたんだろう。そこまではわかるけど、その後はなんだったんだろう。なんだかまた顔が熱くなってくる。
「お前の夢の中まで責任は取れんぞ」
「そ、そうだよね。でもちょっとやってみない?」
「かまわんが……」
 もっともなことを言って戸惑うタナッセにお願いすると最後は頷いてくれる。なんだかんだ言っても付き合ってくれるタナッセは優しいのか、面倒見が良いのか、私に甘いのか。最後だと嬉しいのだけど。
「ちょっと捻るのがコツだってタナッセが言ってた」
「お前の夢の話だろう……」
 タナッセは手元に集中しだして、おざなりに応える。意外と真剣だ。
 じっと見つめていても怒られないのをいいことに、横顔を堪能する。じろじろ見るなと言われたら、なかなか会えないから目に焼き付けてる、とか言ってやるつもりだったけどタナッセは何も言わなかった。まったくいつだってタイミングが悪い。

「解けたぞ」
 お茶のおかわりをもらっている頃、ばらばらになったパズルが差し出された。正直こんなに早く解けるとは思わなかった。
「すごい」
「ふん、子どもだましだな」
 本当に感心して言うと、タナッセは得意げにしている。
「ご褒美にキスしてあげる」
 急に思いついて、腕に触れて顔を寄せると思い切り押しのけられた。
「なっ、き、貴様突然何を言い出す、大体褒美とはなんの話だ」
「え? お、お返し、かな」
「……それも夢か」
「そう。私が解いたらタナッセがしてくれたから」
 言うとタナッセは黙りこくる。近づいても逃げないので多分許してくれたのだろう。なんだかはぐれた兎鹿を捕まえるときのような気分だ。村では時々あったけど今さら役に立つとは思わなかった。
 夢の中のようにするのは恥ずかしかったので、指先でそっとタナッセの髪を払い、同じ場所に軽く触れるだけにする。それでも間近にあるタナッセの薄赤い目尻と、唇に伝わる体温とにどぎまぎして急いで離れる。
「……」
「よくできました、おめでとう」
「……いや……そうか、そこか……」
「なに?」
 覗き込むと、タナッセは眉間に皺を寄せてため息をついている。どこかでみた表情だ。
 最近なかなか会えないのに、キスもできるなんて今日は良い日だ、と軽く浮かれていた私には予想外の反応だった。
「何でもない。人の業の深さに思い馳せているだけだ。いや飼い慣らされるとはこういうことかと」
「飼い……? 私が? 嬉しくなかった?」
「……いやそういうことでは……」
 タナッセはなおもごにょごにょと口の中でつぶやいていたが、不満げな私の表情に気づいたのか、ありがたく受け取っておく、とやたら丁寧なお礼を返してくる。多少は喜んでもらえたのだろう。
 夢の中のタナッセはとても洗練されて格好良かった。いつかお互いがお互いに慣れたら、タナッセもあんな風に振る舞ったりするのだろうか。それは少し楽しみだけど、なんだか怖い気もする。
 今のところ、私は現実のタナッセが一番好きだなと思った。