✥  新しい年に

主人公がキャラなしエンド、最終結果王、のときのヴァイル。
がごにょごにょ言う。




 王の指名がなされてすぐ篭りというのはほっとすることだった。誰とも会わなくて済むからだ。
 六代国王はレハトだと、リリアノは告げた。伯母さんはまっすぐレハトを見て、レハトも顔を上げぴしりと背を伸ばしてリリアノを見返した。俺はそんな二人を夢の中の出来事みたいな心地でぼうっと見てた。
 ああ。
 そんな言葉が漏れそうになって慌てて視線を逸らす。レハトが選ばれた。レハトが王だ。俺じゃない。


 俺は王にはならない。なれない。ならなくていい。どれも本当でどれにも納得していない。
 もう一人の寵愛者の存在を知っても、彼がここにやってきて自分は王になると宣言しても、俺がここを出て行くとはずいぶん長いこと考えなかった。レハトが王になるかもしれないとは早い内に考え出したのに、間抜けにもそれは俺が王にならないことを指すとは気づかなかった。いや、そんなふりをしていただけかもしれない。そんな希望は持ってはいけないことだった。
 レハトがずっとここに居てくれればいいのに、という期待は時々胸の中に持ち上がって、そのたびにそんな子供じみた夢想をくり返す自分を笑って馬鹿にして、すぐまた王を目指すのならばレハトは城が好きでここに居たいのかもしれない、とか都合良く考えて。
 でも俺がここにいなくてもいいだなんて、想像の埒外だ。

 勝負を申し込んであっさり負けたときだろうか、もしかして玉座争いにも負けるのかとちょっと思ったのは。レハトはすごい勢いで実力を身につけていった。貴族連中の評判もどんどん上がっていく。そしてこれからもそうなんだろう。俺は今までやるべきことだと思ってやるべきことをこなしてきた。レハトは違う。その差がこの結果を生んだのか、もともとの実力差か、それとも単にこれ以上のランテの増長を喜ばない陣営への政治的配慮か、その全部か。俺は負けたのか。
 俺は王になりたかったのか。自分は王だといつも思ってきた。そうじゃない俺なんて考えてこなかった。だから王になりたいのかどうかなんて質問すら思いつかなかった。だからなんだろうか。


 レハトに対してどうしてもずるい、と思ってしまうのは妬みだろうか。今の今まで自由を享受してきたんじゃないのか、なのに今になって突然城にやってきて玉座に座ろうだなんてそんな後出しみたいなこと。ずるい、汚い、不公正。
 俺は王になりたいとも言えないのに。
 きっと俺が間違ってるんだろう。だって俺はレハトのことを何も知らない。今までどんな暮らしをしてきたのかも、どんな奴なのかもあんまりよく知らない。母親と楽しく自由に暮らしてきたんだろ、なんて俺の妄想でしかない。もしくは願望。
 俺はどこかで理不尽であればあるほどいいと思ってる。それなら諦めがつく気がしている。
 何の? 全部の。

 俺はもちろん男を選んだけれど、レハトは女を選択したそうだ。もしかして俺を王配に指名するつもりだろうか。そのやり方は正しいと思う。平民出身のレハトが貴族社会でどれ程突き上げを食らうか、賢明な彼ならよく分かっているだろう。その点俺が王配となればランテの威光を背に、陰に日向に象徴的にも実務的にも役に立てるだろう。
 そこまで想像してなんとなく嫌な気分になる。それはレハトに対してでなく、自身に対してだった。レハトは多分そのつもりはないと思う。そういう性格だという気がする。もしそれを計算してたならもっと俺に関わろうとしたろうに、レハトは自分一人で玉座をもぎ取ったのだから。俺とは関わりなく。とくに浮ついた噂は耳に入ってきてないけど、女を選んだのは本人なりの理由があるんだろう。
 なのに俺はこういう政治的な憶測から逃れられない。今までも多分これからも。貴族連中も同じことを考えているだろう。

 こんなに長いこと何もしなくてもいい時間が過ぎていくのは、人生で初めてのことだ。
 寝台の上でごろごろと無意味に寝返りを打ちながら馬鹿みたいな空想に浸る。

 なあ神様。
 あんたは何を考えてるのさ? なんで俺たちだけ二人で、なんでこんな順番にしたんだ?
 生まれてすぐレハトが見つかってれば、きっともっと色んなことがうまくいってたんじゃないかと思うんだよ。もしかしたら母さんは死ななかったかもしれない。父さんはどこにも行かなかったかもしれない。俺は二人とランテ領で暮らしていられたのかもしれない。いや、永遠に会うことのなかった弟と、四人で。
 そこまで高望みしないけれど、それでも今よりずっとマシだった気がするんだ。
 こんなのは都合のいいただの妄想なのはわかっているけれど、今だけ、篭りのこの時間だけわがままな子どもでいたい。それぐらい許されるはずだ、俺は王などではないんだから。


 そして気づく、俺はもう自由なんだ。
 少なくともこの城からは自由だ。俺は出て行ける。出て行けるのだ。ここではない場所、この国のどこにでも、いや壁の向こう草原の向こう海の彼方にさえも、許されはしなくとも行くことができる。
 そんな行為は無意味で無駄で馬鹿馬鹿しい、今さら失ったものを追っかけても徒労にしかならない。それでも俺はそれができる。

 身の内に押し寄せるこの感情をなんて呼んでいいのか分からない。何故こうも泣き出しそうなのか、涙の意味はなんなのか。
 生まれ変わって、一から人生をやり直すような気持ちだ。レハトはどうだったんだろう。突然こんな所に連れてこられて全く違う生活を強いられて。彼もまたもう一度生まれたような心地だったんだろうか。
 それなら泣いたっていいだろう、生まれたばかりの子どもは皆大声で泣くのだと聞くし。
 もしかしたら、俺はようやく俺になれるのかもしれない。

 俺は王にはならない。
 いや、移譲の儀はもう済んだのだ。王冠はレハトの上に輝き、「もう一人の寵愛者」はいまや俺を指す言葉なのだ。それはなんて虚しくて輝かしい。
 俺は王にはならない。はっきりと言葉にして口にするとなにかが自分から抜け落ちてしまったようだった。そうしてできた隙間に、きっと俺は新しい何かを望めるのだ。俺はなんて自由なんだろう。
 それでも自由とはなんて頼りない、大海に浮かぶ小舟のような夢だろう。